ヒューマン・コネクション【1】

走る仲間たち―ハイブリッド時代のCamaraderie

Friday, September 6, 2024

世界屈指のスポーツ・イベントであるボストン、シカゴ、ニューヨーク、ベルリン・マラソンなどへの参加者が、このところ軒並み大幅に増加し、参加者数の記録を破っているという記事を読んだ。2023年11月のニューヨーク・シティ・マラソンには、51,900人が登録、その内約51,400 人が完走し、史上最高の記録だったと言う。このマラソンを運営している NYRR * (ニューヨーク・ロード・ランナーズ) によると、この団体が運営管理しているその他のランニング・イベントの96% が既に売り切れで、稀にみる活況らしい。

*注:ニューヨーク・シティ・マラソンを含むニューヨーク近辺のランニング・イベント運営管理、ユース向けプログラム開発実施、ランナートレーニングなどを運営している非営利団体。


マラソンとは行かないまでも、身近な周囲でランニングをする人が増えている実感は確実にある。学生時代に走っていた人がランニングを再開しているという例だけで無く、「数年前にはランニングなど、全く考えても見なかった。」という人が走り初めている例が、結構出て来ている。ファッションの世界にも、この傾向が反映されていて、ヨガやジム用のアスレチックウェアで人気のあるAthleta, Beyond Yoga, Lululemon, prAna, Vuori, Alo Yoga, Sweaty Bettyなどがランニング用の商品ラインアップを揃えるようになった。ランニング・シューズ業界で言えば、Nike, Hoka は勿論のこと、Brooks (ウォーレン・バフェット氏のバークシャー保有ブランド), Saucony, Asics, Adidas, New Balance などのランニング・シューズ広告が街角でも、オンライン・メディアでも、印刷メディアでも目立つ。


前述のNYRR の話では、パンデミック中のロックダウンで、多くの室内活動に支障が出た中で、屋外に出て走ることは可能だったため、未経験の人も巻き込んでランニング熱に火がつき、その後もブームが続いているとのこと。アメリカ全土で、フィットネス・センターの25%、ヨガやピラティ・スタジオの約30%がパンデミックを乗り切れず、閉鎖に追い込まれたのとは対照的。このランニング・ブームの背景には、身体的な健康志向のみならず、社会心理的な要素も大きく影響しているようだ。

パンデミックが引き起こしたワーク・フロム・ホーム、パンデミックが終息した後も、新しい働き方として定着したリモート・ワーク、ハイブリッド・ワークが、仕事を通じて形成する職場のチームとの一体感や、企業への帰属感を薄くしており、離職率も依然として高い傾向にある。20代後半、30代の若者と話していると、彼ら、彼女らには職場を通じて知り合った仲間と対面で会う機会は限られており、連帯感や一体感、camaraderie (=a feeling of trust and friendship among a group of people who have usually known each other for a long time or gone through some kind of experience together)は、殆ど存在していない印象を受ける。パンデミック中の最悪な孤独感は乗り越えたものの、リモート・ワークやハイブリッド・ワークで、仲間意識が生まれにくい環境にあるため、未だに社会的孤立感や疎外感を継続的に感じていることが想像できる。


若者に限らず、そのような社会的孤立感や疎外感を感じている人たちにとって、ランニングは、体にも心にも良い一つのソリューションになっているのかも知れない。近所のランニング・クラブに所属して、マラソンのようなランニング・イベントを目指して定期的に共に走ることが、仲間意識の形成に役に立っていそうだ。ランニング・ブームの背景をいろいろ調べてみたところ、パンデミック以前の2018年10月に発表されたものだが、マラソンのような大規模なランニング・イベントと社会心理についてのリサーチをNational Library of Medicine のオンライン・ライブラリーに見つけた。560人のマラソン参加者の回答で面白いと思ったポイントは、下記の通り。

  1. 多くの参加者にとって勝つことはあまり重要でない。

  2. 全ての回答者が参加することによって感じるもの(興奮、喜び、リラクセーション)や日常の義務や苦労から逃れられる感覚が大切と回答。

  3. 全ての回答者が他の参加者との一体感、連帯感が大切だと回答。


この社会心理とうまく共鳴して、ランナーの世界で人気ダントツのアプリ、Strava は、絶好調である。2009年に創設されたStrava は、アスリートのためのソーシャル・ネットワークとして始まり、最初はサイクリングが主なスポーツだったが、その後ランニング、水泳なども含むようになった。Strava は特にパンデミック以降急成長を遂げており、2023年時点のユーザーベースは、全世界で1億2000万人に上る。現在、毎月200万人の新ユーザーが加わっているとのこと。Fitbit やMyFitnessPal と比べるとユーザー数はまだ少ないが、Strava のユーザーは、アプリ上での滞留時間が長く、エンゲージメントが高いそうだ。Strava は、ユーザー間でのグループ活動、コミュニティー活動を促進する特徴があり、メンバー間の交流、励まし合いが気軽にできて、孤独感の解消や、ランニングを継続するモーチベーション向上に繋がるという評判だ。全般的にソーシャル・ネットワークの悪い面が懸念される中で、Strava の評判は、極めて良い。「Facebook も、インスタやリンクトインもやらないが、Strava は使っている。」という人に出会うことも少なくない。ランニングという共通の興味を持った人とのソーシャル・ネットワーキングなので、安心感があったり、リンクトインのように、営業を掛けられたりする面倒臭さが無いことが人気の理由だろう。Strava でお互いにkudos (=praise and honor received for an achievement) を送り合い、受け取り合うことが励みになるそうだ。Strava は、様々なランニング・イベントで、コースガイドの公式アプリとしても採用されている。ランニング・コースの概要が高低差も含めて分かり、フォローしている知人、友人の進捗状況もチェックできる。


こういう世の中の雰囲気につい乗ってしまって、私も7月末にサンフランシスコ・マラソンのイベントで最短距離の5Kレースに参加した。サンフランシスコ・マラソンには、本格的なウルトラ・マラソン、フル・マラソン、ハーフ・マラソン、10K、 5Kのイベントがある。 去年知り合いのグループに誘われて5Kイベントに参加し、Tシャツをもらったのが、結構嬉しくて、今年もサインアップしたという次第。この5Kのレース、実は歩く人も多く、犬を連れて行ってもいいし、ベビーバギーを押しても良いという、楽しいお祭り的な雰囲気もある。サンフランシスコのフェリービルディング前からスタートし、ベイブリッジを眺めながら折り返してピア39直前でまた折り返し、フェリービルディング近くがゴール。お天気に恵まれたサンフランシスコの早朝は、この上なく気持ちが良い。ゴールに辿り着いた頃には、アドレナリンの効果も加わって、申し分なくハッピーな気分になった。それぞれのイベントを終えて、ブランチ会場に集まったこのグループの「仲間」たちの表情は一際明るい。


このグループの超スーパースターは、ウルトラ・マラソン・ランナーのフランス人サイエンティスト。最も感心(脱帽)したのは、65歳で今年初めてフルマラソンに挑戦して完走した中国人のエンジニア。初めてフルマラソンに挑戦し、途中で苦しくて涙が出てしまい、辞めようかとも思ったというブラジル人の若手アーティストも、無事完走した後、冗談を連発している。その他にも、インド人のソフトウェア・エンジニア、リタイアした元会社経営者、そして、犬と一緒に5K をジョギングと半分歩きで「完走」した私(苦笑)など、ランニング経験も、職業、年齢、人種も多種多様なグループだが、お互いの努力を讃え合うcamaraderie があって朗らかだ。とてもランナーとは言い難い私を仲間に入れてくれたことに感謝しつつ、「来年もまた参加しよう!」と心に決めて帰路についた。

サンフランシスコ・マラソン 5K レースのゴールで

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