新しい価値を創り出す人財【7】

7. リーダーシップ・フィットネス(1)

ハーバード・ビジネス・レビュー (以下HBR) のアドバイザリー・カウンシル・メンバーになったのをきっかけに、HBR の記事を読むことが以前にも増して多くなった。1922年の創刊以来、100年以上に渡って、HBR に掲載される記事やリサーチペーパーが紹介する視点やコンセプトは、経営、戦略、人財など重要なビジネス分野に於ける影響力を持ってきた。新しい価値を創造する人財についてのリサーチを行いながら、HBR の記事に触れることも多く、今回はその中でもリーダーにとって必要な「リーダーシップ・フィットネス」というコンセプトについて書かれたHBR の記事についてご紹介する。

このシリーズでも、研修プログラムでも、よくスポーツの例えを使っているが、HBR に昨年4月掲載されたDiane Belcher の Leadership Fitness, Four Capacities Leaders Must Develop という記事の出だしで、女子大学バスケットボール界のスーパースターで(現在はプロとして活躍)、NCAA (アメリカ大学スポーツ協会)の男女リーグを通じて、通算最高得点記録を更新したケイトリン・クラーク選手の話が例に挙げられていた。彼女のコート・ビジョンは優れたビジネス・リーダーの持っている能力に似ている面があるとのこと。クラーク選手がプレッシャーの下で、早いスピードのプレイ展開を瞬時にして把握し、相手チームの動き(特に相手チームが起こしそうな間違い)を予知し、ゲームを進めて行く。チームメートの動きの察知も鋭く、彼女がパスをした先に、自然とチームメートが現れるように見えるプレイには、魅了される。しかも彼女自身がどこからでも、いつでも「簡単に」3ポインターをシュートできる。そのスキルと能力には驚かされるが、これは、スキル以上のものだというのがDiane Belcher の説である。

Diane Belcher 曰く、「近年、ビジネス環境が激しく早く変わって行く中で、ビジネスリーダーには、capabilities のみならず、プレッシャーや複雑さをこなすことができるcapacities を蓄えなければならない。」クラーク選手が動きの早いバスケットボールの試合で、様々な複数の要因が重なり、常に状況が変わる中で、適切な判断をしてチームを引っ張って行く姿は、早いペースのビジネスの世界で、企業を動かして行くリーダーと似ているという解釈だ。

Capacities の高いビジネス・リーダーと言えば、Nvidia CEO のジェンセン・フアング は取り分けそのキャパが凄いと思う。彼には直属の部下が50人強いて、同社の20以上ある重要なプロジェクト(*1)に全て直接、深く関わっていることでよく知られている。直属の部下が多いのは、管理者のレイヤーが幾つもあることの弊害を避け、情報を広く共有することで、企業としてアジリティが増し、従業員のエンパワメントにも繋がることが理由とされている。数多くの部下を適切にリードし、高い技術水準にあって、進化の早いプロジェクトを統率できる彼には、かなりのスケールのcapacities があることを示唆している。

(*1)Jensen Huang が直接関わっているプロジェクトは、下記のように多岐に渡り、いずれも高度な技術分野で、変化と進化の非常に早い領域である。

  1. AI、Computing分野

  1. Project DIGITS

  2. NVIDIA Cosmos

  3. GB10 AI Superchip

  1. Graphics、Gaming分野

    1. GeForce RTX 50 Series

  2. 自動車、ロボティックス分野

    1. トヨタとのパートナーシップ

    2. Aurora とのコラボ

    3. Agentic AI 開発

  3. サプライチェーン分野

    1. Kion、Accenture とのコラボ

  4. ヘルスケア分野

    1. 医療機関、薬品関連業とのコラボ


ここで、当然ながら疑問になるのは、「クラーク選手やフアングCEO は稀にみる人財で、生まれつき飛び抜けたcapacities を持っていたのでは無いか?」「リーダーシップのcapacities とは、具体的にはどういう要素を含んでいるのか?」「Capacities をアップするようなトレーニングはあるのか?」などの点だろう。Diane Belcher は、リーダーシップのcapacities を「リーダーシップ・フィットネス」と呼び、4つの要素があるとしている。スポーツ選手の強化トレーニングに、レジスタンス、スピード、パワー、持久力、柔軟性など、幾つかの要素があるのと同様、リーダーシップ・フィットネスには、下記の4つの要素があることがリサーチで明らかになったそうだ。これらの要素について、Diane Belcher の記事とペーパーにやや解釈を加えて説明する。

1)Balance

リーダーが必要とするbalanceとは、相反する力やアイデアの間に生まれる緊張を受け入れて、マネージできるような、システム思考を適用できる能力のこと。システム思考に於いては、問題や状況を個別の要素ではなく、相互に影響し合う要素の集合体である「システム」として捉える。システム思考では、全体を俯瞰する視点を持ち、要素間の相互作用や関係性に注目し、時間の経過による影響を考慮する。

2)Strength

リーダーにとってのstrength とは、自分自身のユニークな才能や資質を認識し、培い、活用して、最もインパクトをもたらすことができる分野に投入できること。飛び抜けたリーダーは、自分の資質や才能をしっかりと認識し、自分のユニークな価値をフルに生かせる人が多い。

3)Flexibility

リーダーにとって重要なflexibility とは、事業環境、組織全体、チーム、個人レベルなど、様々な状況変化や方向転換などを受けて、新しい戦略を活用したり、新しい方向性の行動をとることができること。マイクロソフトのCEO Satya Nadella も「自分は全ての答えを持っていないことを受け入れ、他の人から学ぶことに熱心なリーダーは、早いテンポで変化する世界で成功できる。Flexibility は一生大切なスキルであり、特にリーダーにとっては重要だ。」と言っている。

4)Endurance

リーダーにとって必要なendurance とは、様々なチャレンジ、後退、プレッシャーに耐えて適応し、長期的な戦略ゴールを達成するためのフォーカスと有効性を失わないことを意味する。Endurance のあるリーダーは、困難に出会った時に、感情的になってフォーカスを失ったり、ストレスに負けることなく、困難な状況を冷静に受け入れ、コントロールできることとできないことを見極めて、チームにクリアーな方向性を示すことができる。

さて、Diane Belcher は、リサーチの結果、これらの要素を含むリーダーシップ・フィットネスは、トレーニングによって強化できるとしている。そのフレームワークや具体的方法については、次回に考察することにしたい。(つづく)

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