[連載中] ヒューマン・コネクション【8】
「人間が好き」なニューヨークのジャズ作曲家
日本への出張のフライトでは、大体ミーティングの準備などで殆ど眠らないのが通常のパターンになっている。逆に、帰路、サンフランシスコへのフライトは夕方発になるので、食事を済ませ、ビデオ番組を見た後になるべく寝ることにしている。日本での予定をこなした後、頭が飽和状態でパンパンになっていることが多いので、仕事のフォローなどをフライト上でするよりは、まずは、ワイン一杯でリラックスして、体、頭、神経、感情全てを休めたいという気持ちが優先される。それで緊張感の高い犯罪物やホラー系の映画は、ここでは絶対見ない。短い時間で自分の知らない世界を見せてくれるドキュメンタリーフィルムが丁度最適で、フライト上で見るのは最長でも30分くらいのドキュメンタリーばかりになった。
今回の訪日は、仕事は少しだけ、殆どがバケーションという嬉しい旅だったが、山陽、瀬戸内、山陰の文化、伝統とその背景にある歴史(主に戦国時代、江戸時代から幕末、明治維新、日清戦争の頃まで)、現在の人々の生活に触れて、帰りのフライトでは、仕事をビッシリとした時と同じくらいの疲れ(といっても快感を伴う心地良い疲れ)を感じていた。ブランケットに体を包んで、ドキュメンタリーフィルムのプレイボタンを押すと、そこに現れたのは、ニューヨークを本拠地にとしてヨーロッパでも活躍中のジャズ作曲家、狭間美帆さん(*)の姿だった。彼女の音楽は、数年前に、何かをウェブで検索していたときに偶然出会い、少しだけ聴いた記憶が微かにあった。覚えていたのは、ニューヨークのジャズというイメージとは少し違う、爽やかで軽妙で明るい音の重なりだった。その時は、あまり丁寧に聞いたわけでも、狭間さんについて調べた訳でも無く、「感じの良い、爽やかな風がスカーフを靡かせるような、心地良い曲だな。」という感想を持った程度だったと思う。
今回、ドキュメンタリーフィルムで彼女の生き方、ニューヨークでの活動、作曲のプロセスなどを垣間見て、すっかりファンになってしまった。まず、39歳の日本女性がジャズの本場、ニューヨークで過去10年以上活躍し、ヨーロッパでも重要なポジションに就き、グラミー賞にノミネートされたということだけでも、感激してしまうが、それよりも、彼女がまっすぐに純粋に音楽を愛し、(苦しい時も、行き詰まることもあるはずなのに)心から楽しんでいる様子が清々しい。東京で彼女のバンド m_unit が2020年に演奏した時のビデオを見ると、指揮をとりながら、笑顔が絶えない彼女の表情が純粋な楽しみを伝えてくれる。何といっても、彼女が「やっぱり人間が好きなんです。」「AI には負けません。」と可愛らしい程の笑顔を浮かべながら発言した時には、「狭間さんのバンドの生演奏を絶対見に行こう!」と思ってしまった。
(*)狭間美帆さんの経歴
1986年東京生まれ
国立音楽大学作曲専攻卒業後、2010年にジャズコンポジションを学ぶためニューヨークへ留学し、マンハッタン音楽院大学院を修了
自身のジャズ室内楽団「m_unit(エムユニット)」を率い、2019年にはアルバム『Dancer in Nowhere』が米グラミー賞ラージ・ジャズ・アンサンブル部門にノミネートされる
2016年には米ダウンビート誌の「未来を担う25人のジャズアーティスト」にアジア人で唯一選出
デンマーク・ラジオ・ビッグバンド首席指揮者や、オランダのメトロポール・オーケストラ常任客演指揮者も務め、クラシックとジャズを融合させた独自の作曲スタイルが特徴
ニューヨークを拠点に、世界中のジャズシーンで活躍中
狭間さんは、クラシック音楽の本格的トレーニングを受けた後、ジャズの作曲の道を目指した。まずは、馴染みのあるオーケストラと似ているビッグバンドを手掛けるが、自分の作りたいものと「少し違う」と感じて、管楽器や弦楽器を加えたり、バンドのサイズを少し小さくしたりして、13人構成の自分のバンド、m_unit を結成したという。クラシックとジャズを組み合わせたような、自分自身のオリジナルの形を作って、ファンが増え始め、グラミー賞にノミネートされるまで認められたとのこと。それでもグラミー賞をとることが目標では無く、作りたい音楽を黙々と作って行くことが楽しく、それが生き甲斐になっているらしい。彼女は、「グラミー賞をとろうとは思いません。とるために何をやればいいか、って分かりませんから。。。」と言って、またニコニコしていた。
彼女の作曲と指揮の特徴として、「唯一のスーパースターを作らず、演奏者一人一人が光れる機会を作り出すことにある。」とあるバンドメンバーが語っている。また、「彼女の音楽は、繊細で注意深く、精密にできていて、日本のクラフトのようだ。」という発言もあった。日本の価値観や特性が生かされながら、ジャズとクラシック音楽とを統合して、新しいものを作り出すアーチスト。既成の型にとらわれず、日本からグローバルに跳び立って、世界の心を掴んでいるアーチスト。とにかく限り無く素敵だ。ニューヨークを本拠地としている狭間さんだが、2019年以降、ヨーロッパ有数のバンド、デンマーク・ラジオ・ビッグバンドの主席指揮者としての役割が、活動の大きな部分を占めているそうだ。このバンドでの生き生きした活動の様子を捉えたビデオは必見!このビデオにあるように、狭間さんのデンマーク・ラジオ・ビッグバンドとの契約が更新されて、2028年まで継続することになったとのこと。このバンドは日本での公演実績があり、またそういう機会が出てくることは、ほぼ間違いない。また、去年のように年の前半は、ニューヨーク、後半はデンマークでの演奏会、というスケジュールになるかも知れない。「ニューヨークや日本への出張は、このバンドの公演スケジュールとも合わせられるかな?デンマークには、『今年は会おうね。』と言ってくれているクラスメートもいるし。。。」と、今からいろいろ企てては、期待が膨らみワクワクしている。