[連載中] 新しい価値を創り出す人財【10】
10. コーチの姿勢と心構え(2)自主トレでコーチ力を磨こう
イノベーションやディスラプションについての権威である元ハーバード・ビジネス・スクール (HBS) 学長の故Clayton Christensen教授の一連の研究については、ご存知の方も多いと思う。故Christensen教授の教えを受けた人の中には、スティーブ・ジョブズを始めとして、Apple, Amazon, Googleなどの代表的な経営者や起業家も多く、時代が変わっても普遍的な教えがあると思う。同教授は、大手企業の経営層向けセミナーや講義も数多くこなされ、生前の教授から教えを受けた人たちは、口を揃えて「教授から直接講義を受けてラッキーだった。」と語る。HBSで実際にChristensen 教授の授業を受けたある知人は、2020年に67歳で教授が亡くなった時、その深い悲しみをシェアしてくれた。「Christensen教授は、ビジネスや地域、国の繁栄に関する鋭い視点と洞察があったのみならず、人生やキャリアについても深い考えをお持ちで、How Will You Measure Your Life? のような著書を通じて、分かりやすいアドバイスを多くの人に伝えて下さった。穏やかで、思慮深く、他の人に対する思いやりを忘れず、ユーモアもあるとても優しい方だった。」というこの知人の言葉が印象的だった。
Christensen教授のInnovator’s DNA、Innovator’s Dilemmaなどは、ビジネス・スクールで広く引用されている教科書的存在で、いずれも邦訳版があるので、研修生のみならず、イノベーション人財開発や育成に携わっている方達にも、一応目を通しておくことをお勧めしている。同教授の多くの著書の中でも、現在MITのSloan School of Management でリーダーシップやイノベーションについて教鞭をとっているHal Gregersen氏、Brigham Young 大学のJeff Dyer教授との共同研究に基づいた洞察がまとめられているInnovator’s DNAは、人財の発見、発掘、研修をする上で、参考になる部分が多く、研修プログラムのデザインに活用している。2011年に発行された同書は、2019年に事例のアップデートを加えた改訂版が出された。共同著者3人は、世界の代表的なイノベーター、経営者、起業家数千人の中から、100人近くを実際にインタビューし、彼ら、彼女らの行動パターンを8年間に渡って研究した。その結果、従来型の管理職的マネージャー(*)と革新的なリーダー、起業家や経営者との違いに焦点をあて、後者に共通する5つの能力を明らかにした。その5つの能力とは、①連想、関連性を見出す力 (Associating)、②質問する力 (Questioning)、③観察する力 (Observing)、④人脈形成 をする力(Networking)、そして⑤実験する力 (Experimenting) である。また、個人がアイデア創出から成果へと段階的に進むために、この5つの能力をどのように身につけられるかについての示唆も含まれている。
(*)従来型の管理職的マネージャーとの比較
多くの優秀と評価されている従来型、管理職的マネージャーは、着実な実践力があり、現状分析、計画策定、きちんとした、間違いの無い計画実行などに長けている。この能力は、既存のビジネスを確実に継続する上で欠かせない。
従来型のマネージャーは、現存のプロセス、常識的な仮説や前提を維持しながら、事業の改善を進めることを重視する。
このような実践力は、マネージャーにとって非常に大切であるが、破壊的イノベーションには必ずしも繋がらない。間違いを起こさないことが優先されるため、むしろ、破壊的イノベーションを起こしにくくする傾向にある。
次回以降、これらの能力を強化するための具体的方法についてご紹介して行く予定だが、今回は、まずInnovator’s DNA で解説されている5つの能力の内容について、要点をまとめておく。
1. 連想、関連性を見出す力(Associating)
異なる分野や業界に属する一見無関係な課題、ソリューション、テクノロジー、アイデアを結びつける認知能力
明確な関連性がない概念同士をつなげることで、独創的なアイデアやソリューションを生み出すことが可能になる
他の4つの能力を統合する触媒となる力
破壊的なビジネスモデルやソリューションを創造するために不可欠
2. 質問する力(Questioning)
常識や現状を打ち破る質問を投げかける
当たり前になっていることに疑問を持ち、「なぜ?」と問いかける
従来型のマネージャーがよく問う「どのように (how)」という問いではなく、「なぜ (why)」「もし〜だったら (what if)」という質問をすること
(関連性を見出す力とともに)すべてのイノベーターに共通するスキルの一つ
3. 観察する力(Observing)
顧客、サプライヤー、競合他社の行動を詳細に観察し、新たな機会を見出す
通常は検討対象外の、現在は顧客ではない人々、他業界の企業を観察する
世界的な動向、業界全体の動向を観察する
ユーザーが日常の問題を解決するために作り出した工夫を探し、どのようにその解決策を利用しているか観察する
4. 人脈形成をする力(Networking)
異なる考え方や視点を持つ人々に出会い、その意見や視点に触れる
自分の仮説に挑戦するための多様なネットワークを構築する
異なる背景や専門性を持つ人々を積極的に探し出し交流する
新しく出会った人々と共通項を見つけ、どのような価値を提供できるか考えてみる
新しい価値を創造して行くには、不可欠な力で、「何を知っているかではなく、誰を知っているかが重要」とよく言われる
5. 実験する力(Experimenting)
インタラクティブな体験ができる実験を構築し、新しい発見を促す
新しいことに挑戦し、失敗を学びの機会として受け入れる
アイデアを素早く繰り返し検証し、機能するか否かを見極める
日常を継続的な実験の場と捉え、毎日を学びの機会とする
ところで、この5つの能力強化研修を実施するにあたって、コーチの心構え、姿勢として、下記の2点が大切だと考えている。
研修生対象に能力トレーニングを実施する前提として、意識的に自己トレーニングを最低ある一定期間体験し、検証しておくこと。トレーニングの効果を実際に体験して、検証しておくことにより、現実のワークショップの中で、どのような微調整や改変が必要かを考える材料になると同時に、研修生に、自分の体験をシェアできるメリットがある。過去の経験から、自分のリアルな体験をシェアすることが、研修生に対する訴求力アップに繋がると信じている。
日頃、自己啓発を兼ねて、5つの能力の自己トレーニングをなるべく頻繁に(理想的には毎日、日常的に)行うこと。やはり、コーチとして、研修生の先を行き、研修生よりも熟練した能力を持っていること、あるいはそのような努力をしていることが好ましいためである。このシリーズの7回目、8回目で言及したリーダーシップ・フィットネスの向上にも繋がるので、継続的に自己トレをして、コーチ力アップに励むことをお勧めする。
(つづく)