[連載中] 新しい価値を創り出す人財【15】

15. イノベーターのスキル(5)実験する力(Experimenting)

クリステンセン教授らが著したイノベーターのDNA と、これまで実施してきた研修プログラムの経験に基づいて、イノベーターにとって重要なスキルについて述べて来たが、イノベーターのスキルについては、一旦この回で終了し、次回からは、イノベーターが育つ環境や教育のアプローチ、会社組織、社会制度、価値観などより広範なテーマを取り上げて行きたいと考えている。

今回は、イノベーターのスキルの最終回として、実験する力について語るが、企業向け研修を実施する上で、イノベーターに重要だとされている5つのスキルの内、実験する力のトレーニングが一番難しいと感じることが多々ある。「実験する、試してみる」ことには失敗が必ず伴い、失敗することの方が多いため、綿密な計画に基づき、計画実施に至るまでに何段階もの承認を得て、多方向からのダメ押しを重ねてやっと実施の承認が降りるという企業の仕組みの中で、「研修で試してみる」ことに理解を示していただくことはかなり難しい。技術研究所では、実験することが当たり前なのだが、事業部門で新しい商品、サービス、事業モデルを試してみることのハードルはかなり高いのが実情だ。実際、シリコンバレーに拠点を構え、イノベーションを進めることを目的としている企業でも、シリコンバレーで新しいことを「試してみる」企画提案が、本社サイドでスムーズに承認される例は、驚くほど少ない。更に、革新的なアイデアや発想、イノベーターのマインドセットを育成することを目的とした、シリコンバレーでの企業研修に関して、本社サイドの想定したシナリオ通りで、講義形式中心の進め方をリクエストされることもある。このようなプログラムの中に、研修生が自ら設定した課題のソリューションを考え、多種多様なシリコンバレー人を相手にアイデアを「試してみる」ようなワークショップを組み入れようとすると、本社の方の理解をいただくのに、かなりの努力が必要な場合がある。

企業の方と共同で新規事業開発研修やイノベーション人財研修のプログラムをデザインする際にも、一番苦労するのが「実験する段階」を含められるかどうかという点だ。研修の成果として優れた事業計画ができた場合に、実際に実験段階に移れる仕組みになっているかどうか、組織内で支援できる体制になっているかどうかを確認させていただくことにしているが、「研修は研修」のような切り離された位置付けで実験段階に移る体制ができていない場合が多い。別の言い方をすると、関連付け (Associating) ができ、良い問いを立てることができ(Questioning) 鋭い観察ができ (Observing) 、パワフルなネットワークを構築 (Networking)しながら、イノベーティブなアイデアが生まれても、実際にリスクをとって実験してみる力が無ければ、考案したソリューションが本当にペインポイントの解決に役立つかが分からず、ユーザーからのフィードバックが得られず、イタレーションや、ピボットに繋げられない。即ち、面白いアイデアが絵に描いた餅で終わってしまう。従って、イノベーション研修には、その先に実験する段階を必ず用意すべきだと信じているし、実験する段階を含まない研修は、その効果が薄れてしまうことを企業の方々にお伝えすることにしている。

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イノベーターのDNA では、実験する力を他の4つのスキルと密接に関連した、必要不可欠な重要なスキルだとしている。私の直感では、ひょっとすると、この実験する力が最も重要なのでは?と思うことがしばしばある。正確なデータがある訳では無いが、周囲の起業家やエンジニアで面白い仕事をしている人たちは、「高校生の時に車を解体して、小さな部品を無くし、組み立て直すときに焦った。」とか、「裏庭で自家製ロケットの実験をして、爆発を起こし、屋根に火が飛びそうになった。」とか、「大学の寮のバルコニーで、ある素材の特性を試している最中に、バルコニーの手すりを壊して、怪我をした上に、大学から散々怒られた。」というような類のエピソードを笑い話にする事がよくある。彼らは、好奇心が強く興味を持ったことに対して、子供の頃からハンズオンの実験を繰り返し(先生や親から叱られながら)、小さな失敗、大きな失敗を経験して、今注目の最先端技術を使った宇宙工学系の仕事をするようになったり、最先端分野のスタートアップを起こしたりしている。こういう人たちには、失敗を学びの機会と捉えるマインドセットが備わっている。

またイノベーターのDNA では、実験する力のアップは、下記のように他の4つのスキルの強化に繋がるとも説いている。即ち、実験することを組み合わせることで、他の4つのスキルトレーニングと相乗効果が出て来るということである。

  • 実験する力と関連付けする力: 新しい試みをすることで, 新しい知見や経験を得ることができ、連想したり、関連付けたりする事柄の範囲や分野が広がる。より広範囲で、新鮮かつ豊かな連想や関連付けができるようになる。

  • 実験する力と問う力: 実験は重要な問いに対する答えを求めて行うものなので、実験をすることで、仮説を検証するためのデータが集まり、より良いソリューションへの発展や、より高度な問いへと発展させることができる。

  • 実験する力と観察する力: 観察という行為は他の人の行動に対して行うのに対し、実験は、自らの行動なので、自分の体験としての新しい発見や反応を実感することができる。自ら失敗の痛みも感じ、成功の喜びも実感することで、他の人の行動や世界に対する観察力もより鋭くなる。

  • 実験する力とネットワーキングする力: ネットワーキング活動をしながら、新しいアイデアやソリューションを多種多様な人々を相手にテストしてみることで、新しい洞察や知見が得られる。このプロセスを繰り返すことで、面白いアイデアであれば、「それだったら、知り合いの〇〇社のAさんに紹介するので相談してみたら?」「〇〇大学のB教授の記事を読んでみると良い。」とネットワークが更に広がることに繋がる。

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最後に企業研修では無く、個人のレベルで実験する力を培う上で、あまり難しくなく手軽にできる自己トレーニングについて簡単に述べておく。これは「実験する力を培う」というよりは、毎日の生活の中で感じる「新しいことを試してみたいが、勇気が出ない。」「大変そう。」「失敗すると嫌だ。」というような精神的感情的バリヤを少しずつ克服して行って、新しいことを試すことに抵抗が無くなることを目指している。先日、この分野の研究や活動を積極的に進めているニューロ・サイエンティスト、
Dr. Anne-Laure Le Cunffのウェビナーに参加する機会があり、頷ける点、参考になる点が多かったので、その後、彼女の著書 Tiny Experiments にも目を通してみた。

Dr. Le Cunff は、ゴールに向かって邁進することが是とされがちな現代社会で、バーンアウトや、目的喪失と自己肯定感の喪失、メンタルヘルスの悪化などがより深刻な問題となって来ていること、社会的に認められているゴール達成の意義が大きくなりすぎて、失敗を恐れたり、失敗からの立ち直りが困難になることの弊害が顕著になってきていることから、ゴールに向かってのゴリゴリのアプローチでは無く、好奇心や遊び心にも基づいた小さな実験を楽しむこと、そこからの発見や気づきを大切にして行く事を勧めている。彼女のウェビナーと著書からの私なりのテイクアウェイは下記の通り。私もこれを参考に、日常に小さな実験を取り入れることで、特に大きな出来事が無い日でも、ちょっとした喜びを味わえる機会が増したような気がしている。

  • 好奇心を大切に: ゴールに捉われるより、自分の純粋な好奇心を中心に探索や発見をすること。(例)いつも行くスーパーでは無く、30分遠いところにある一度も足を向けたことの無いエスニック系のスーパーに出かけたら、その品揃えや見たことの無い食材に感激。新しいレシピを試すことに繋がった。買い物を30分以内で済ませて、最も簡単なものを早く作るというゴールからの逸脱が、新しい発見に繋がった。

  • 不確実性を受け入れること: Dr. Le Cunff は不確実性を冒険と学びの機会と見るよう勧めている。予期できない事をナビゲートして行くことは、自然と実験になる。そのような経験の蓄積で、将来に対する不安や心配を乗り越えることができるようになる。

(例)全く未知の業界コンファレンスにふと興味を持って、何の伝手もなく参加してみたところ、精通した業界の課題との共通点が数多く見つかった。その業界独特のチャレンジに関するパネルを通して、新しい知見を得ることができた。数人知り合いも参加していたし、20年も会っていなかった知り合いと再会し、予期していなかったネットワークの広がりに繋がった。


  • 小さいスタートから: 変化は、大きなステップからも生まれるが、日常のルーチーンを少し変えて見るような小さなステップは、ハードルが低く、始めやすく、継続できる可能性が高い。

(例)就寝と起床の時刻を1時間ずつ早めてみたところ、朝起きた時のエネルギーがずっと増し、日中の諸作業の生産性が上がった。朝食の献立が改善し、より健康的なものをしっかり食べるようになった。

  • 成功の再定義: 直線的で最短距離のゴール到達というような一般的に社会の標準になっている成功の定義から離れ、寄り道も許す曲線的な成長と自己実現感を大切にすること。梯子を登りつめてトップに到達する成功は、その過程での喜びを軽視しがち。成功をループでイメージし、自分を中心においた、成長のループが次第に大きくなって行くこと、そのループを通っていくプロセスに喜びを見出すことで、周囲や社会の価値観に束縛されない自分なりの成功の定義ができる。

  • マインドフルな生産性を大切に: 新しい実験に取り組む際に、自分のエネルギーのレベル(無理をしすぎていないか)や感情(ポジティブな気持ちになっているかどうか)を無視せず、マインドフルに取り組むこと。失敗や不完全さを受け入れることができると、むしろ完璧主義の鎖に縛られず、モーチベーションが上がり、自由なピボットや創造的な飛躍に繋がる可能性が出てくる。

(例)かなりの初心者として参加した和太鼓アンサンブルのクラスで、自分がいかに知識でも実践でも劣っているかに気付いたたとき、恥ずかしいという気持ちよりは、誰からでも何でも学ぼうという気持ちになり、モーチベーションも上がり、上達が早まってキャッチアップできた。ボトムから始めると上に行くしかないので、返って気が楽になり、周囲の人も応援してくれて楽しみがグッと増した。

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