[連載中] 新しい価値を創り出す人財【22】
22. アメリカで生まれる「学びの革命」― 新しい教育モデルの模索
前回(第21回)では、日本の探究型教育が抱える構造的な問題—形式に捉われがちな「探究」、評価への適応という必要に迫られたカリキュラム実施上の妥協、教師の負担—を取り上げ、アメリカのProgressive Educationのクラスルームが持つ可能性について触れた。今回は一歩進めて、アメリカで試されている新しい教育モデルの具体的な事例を見ていきたい。
「学びとは何か」を根本から問い直し、実際に成果を上げている学校や取り組みや、まだ実績を示すほど時間は経っていないが、新しいカリキュラムを試している実例は、近年増えている。その中から、特に面白いと思った事例2つを紹介する。
1. The Levitt Lab(テンピ、アリゾナ州)——経済学者が挑む学校改革
「なぜ、高校の授業は50年前とほとんど変わっていないのか?」
この問いを真剣に追いかけているのが、Steven Levitt氏だ。シカゴ大学経済学部の名誉教授であり、世界的ベストセラー、Freakonomicsの共著者でもある彼は、ある時期から教育改革に人生を賭けるようになった。きっかけのひとつは、自分の子どもたちが従来型の学校教育に苦しむ姿を目の当たりにしたことだったという。また、シカゴ大学で教鞭を取りながら、学生が真のディスカッションよりも、成績を重視している傾向が明らかになったことも、同氏の危機感を高めるきっかけになったそうだ。(*注)
(*注)Steven Levitt が教育、特に高校教育の改革に興味を持ったきっかけや彼の意見は、America’s Math Curriculum Doesn’t Add Upというポッドキャストで詳しく聞くことができる。Khan Academy の創始者であるSal Khan との対話のポッドキャストIs This the Future of High School? も示唆に富んだ内容になっており、後にLevitt 氏とKhan 氏がパートナーシップを組んで新しい教育プログラムに取り組むことになった背景が理解できる。
彼が設立した「The Levitt Lab(TLL)」は、その理念を学校という場で実現しようとする試みだ。現在、アリゾナ州立大学(ASU)のプレップ・アカデミーと連携し、「ASU Prep Tempe powered by The Levitt Lab」として実際に運営されている。公立のチャータースクールとして、授業料無料で生徒を受け入れている。
このモデルが解決しようとしている従来の教育の問題点は、下記のように整理されている。
すべての生徒が同じペースで学ばなければならない「一斉授業」の問題
成績評価が「学ぶこと」そのものへの情熱を奪ってしまう問題
過密スケジュールに追われ、本当に好きなことを追求する時間がない問題
学校が「幸せで自立した人間」を育てるために必要なスキルを教えていない問題
TLLのカリキュラムは、ソクラテス式対話(Socratic Discussion)を中心に据え、プロジェクト型学習、自分のペースで進める習熟度ベースの学習(Mastery-Based Learning)を組み合わせたものだ。「学ぶことの喜びを取り戻す」という目的が、このモデルの核心にある。
Levitt氏は、各地でのスピーチでこう述べている。「高校のカリキュラムの目的は、生徒に世界の可能性を見せ、そのうちの一つや二つについて本気でエキサイトさせることだ。そして、そこへ向かうための道筋を示すことだ」。また、彼が行った調査では、Freakonomicsのリスナー(高学歴・数学指向の人が多い)でさえ、日常の生活で微積分や三角関数を使うのは2%未満であり、一方でExcelスプレッドシートを日常的に使うのは65%以上に上ることが分かったという。これが、彼が「学校で教えるべきことを根本から見直す必要がある」と訴える理由のひとつだ。
TLLが連携するKhan World School(KWS)の実績データも、このモデルの可能性を後押しする。初年度の測定では、KWSの生徒の学力の伸びは全米平均と比べて、数学で4.6倍、読解で3.4倍、言語スキルで5.3倍という劇的な数値が示されたとのこと。TLLは、この成功モデルを対面型のハイブリッド環境でさらに発展させようとしている。
TLLの開校は2025年度からであり、まだ「成功した学校」と断言するには時期尚早と言える。しかしその設計思想の緻密さと、関与している人材の質—Levitt氏自身に加え、シカゴ大学のCenter for RISC、ASU、Khan Academyが連携している—は、確かな期待を抱かせる。
2. Khan World School(オンライン、ASU Prep連携)—習熟度ベースの徹底
The Levitt Labのモデルと密接に関わるのが、「Khan World School at ASU Prep(KWS)」だ。Khan Academyの創設者サル・カーン(Sal Khan)がASU Prepと組んで2022年に立ち上げた、このオンラインスクールは、設立1年目からその成果で教育界を驚かせた。
KWSの根本思想は「習熟度ベースの学習(Mastery-Based Learning)」だ。学年ごとに進む従来型の「時間割」ではなく、生徒が概念を本当に理解したと確認されてから次に進む。理解できるまで何度でもやり直せる仕組みになっており、「不完全な理解のまま先へ進む」という従来の教育の根本的な欠陥を取り除こうとしている。
授業の進め方も独特だ。週1回のセミナーは、現実社会の問題を題材に、ディスカッション・ディベート形式で行われる。生徒が事前に十分な準備をした上で議論に参加し、従来の「先生」では無く、コーチ兼メンター的役割を果たす「ガイド」やゲストとして呼ばれるエキスパートの助けを借りながら議論を深めていく。「学ぶことへの受動的な姿勢」ではなく、「自分が学びの主体者である」という姿勢を育てることを目指す。
重要なのは、このモデルがいわゆる「成績の良い生徒」、「できる生徒」を対象にしているのでは無い点だろう。運営チームが学んだことのひとつは、成功する生徒(学びの喜びを実感し、自分の課題を追求できる生徒)は、従来の成績や学力スコアよりも、好奇心を持ち続けられること、自己調整ができること、このモデルへのコミットメントがあることだという。経産省の未来人材ビジョンで提唱され、日本の探究型学習が目指してている「何かに夢中に取り組める」生徒の姿とイメージが重なる。
初年度の成果が予想を大幅に上回ったことから、KWSは翌年度に中学・高校全学年(6〜12年生)へと募集を拡大した。大学準備も充実しており、高校生は多くの授業でASUの大学単位を同時取得できる仕組みになっている。
(つづく)