[New] "We're not teaching you leadership." — ペンシルベニア大学CLOプログラムで投げかけられた最初の問い
卒業式を一週間後に控えて、これまでの18ヶ月間を振り返ってみました。
正直に言おう。
ペンシルベニア大学教育大学院のChief Learning Officer(CLO)プログラムに入るとき、僕はリーダーシップのノウハウを学びに来たつもりだった。世界に誇る教授陣の薫陶を受け、世界中のリーダーたちと共に学ぶ環境で課題をこなし、カリキュラムを進めれば、リーダーとしての型を身につけることができる。今思えば、そんな甘い考えを持っていた。
初日の朝、その考えは脆くも崩れました。
Program DirectorのDr. Raghu Krishnamoortyはこう言った。
"私たちはリーダーシップを教えません。それはあなたが自ら発動するものだからです。"
教えてもらうのではなく、自分で発動する。その違いは、決定的だった。
「完璧なリーダー」を演じることに、疲れていた
振り返れば、僕はずっと実物以上の自分を演じてきた。
脆弱さを見せることを恥だと思い、控えめな自分を謙虚さと言い訳してきた。ビジネスの場では特に、仮面を使い分けることがプロフェッショナルだと疑うことをしなかった。
転機は、プログラムの課題として取り組んだ、自分をよく知る6人への深層インタビューでした。
"Kaneの人との関係の築き方は、それ自体がリーダーシップだ。"
そう言ってくれた人がいた。嬉しかった。でも同時に、こうも言われました。
"調和を重んじるあまり、自分の意見を抑制している。"
それは核心をついた言葉で、僕の心に響くものでした。
コーチとして、クライアントには本音で話してください、と言いながら、自分は本音を隠していたことに気づかされた。
そんな気づきから、僕は変わり始めた。コーチングの場で、自分の視点を明示的に表明するようにした。完璧を演じるのではなく、誠実で一貫した自分でいることを選んだ。
すると、クライアントとの関係が変わった。あるクライアントは後にこう言ってくれた。
信頼できるコーチであるだけでなく、私の可能性と成長を信じ続けてくれた、真のパートナーです、と。
こんなことを日々のリフレクションで綴ると、Dr. Raghuがこんなフィードバックをくれた。
"苦労して乗り越えてきたからこそ、他者には見えないものが見える。それがあなたのナラティブを、最も説得力のあるものにする。"
この言葉は、僕のコーチとしてのあり方を根本から変えてくれた。自分の失敗の経験は、弱さではなく、クライアントへの資産なのだと。
「正しい答え」より「正しい問い」
ビジネスの現場でよく耳にすることがある。
「このフレームワークを使えばうまくいく」「この理論が正しい」
そう信じて、答えを提供しようとする。僕もそうでした。
このプログラムで、ある課題に取り組んだ。確立されたリーダーシップ理論を、あえて批判的に読み解く、というものだ。やってみると面白いことに気づいた。一つ一つの理論は正しく見える。でも並べてみると、矛盾が浮かび上がる。
権威ある人が言っているから正しい。そのバイアスに、僕は長年気づかずにいた。
今、クライアントが解決案を示し、意見を求められたとき、僕はこのように問い返す。
「そのアプローチが有効な条件は何ですか?今、その条件は揃っていますか?」と。
答えを渡すのではなく、問いを通じて、共に考えを深める。その姿勢への転換が、クライアントとの信頼関係を深めることに大きな助けとなった。
AIの時代において、AIが出す答えをそのまま受け取るのではなく、「この答えの前提は何か?エビデンスはあるか?」、と問い続けること。これはAIに限った話ではない。権威ある論文も、著名な経営者の発言も、同じように見る。それは、自分の考えを疑い続けることでもある。常に、もっと良い問いがあるのではないかと探し続ける姿勢。それがこれからのビジネスパーソン、そしてリーダーに求められる力だと、18ヶ月の学びを通じて確信した。
リーダーシップは、あり方の中に宿る
18ヶ月を経て、僕が手にしたのは、答えではなかった。
「問い続ける姿勢」だった。
常により良い考えがあるのではないか、と疑い続けること。これがベストだ、と思った瞬間に、思考は止まる。だから僕は、自分の確信を更新し続けることを厭わなくなった。
ペンシルベニア大学CLOプログラムは、リーダーシップを教えてくれなかった。でも、リーダーシップを発動するための条件を整えてくれました。
Dr. Raghuの言葉を、折に触れて反芻し、問い続けている。
リーダーシップは、肩書きではない。それは自身のあり方と、問いかける意志の深さの中にある。