[連載中] 新しい価値を創り出す人財【25】

25. アメリカで生まれる「学びの革命」― 新しい教育モデルの模索(その4)

共通する「成功の要素」

本シリーズの前回では、アメリカで新しい教育のアプローチを実践している3つの事例、The Levit LabKhan World SchoolHigh Tech High (HTH) の教育モデルに見える共通項の3つ、①生徒自身にとって「なぜ学ぶのか」が明確である 、② 学習のペースと深さを生徒が握っている 、③ 教師が「教える人」から「学びの設計を助ける人・伴走する人・励ます人」に変わっている 、という点について述べた。今回は、その続きとして、下記の2つの共通項について述べる。

④「本物の成果」を求められる インパクトの大きな学び

⑤ 継続的で頻繁なカリキュラム改善を実行

④「本物の成果」を求められるインパクトの大きな学び

HTHの展示発表も、KWSのセミナーも、TLLのプロジェクトも、最終成果は外部に公開される。評価者は教師だけではなく、地域や社会であり、評価する人々の経歴や職種、年齢なども様々だ。このリアルな聴衆の存在があるため、学びの成果が、社会のどのような人のために、どのように役に立つのか、どのような人からどのような批判を受けるのか、その理由は?など、真剣な検討の対象になる。このような現実的で、ある意味で非常に厳しい内容評価をされるため、生徒の学びに対する取り組みの姿勢が劇的に向上し、学びの質も内容も深くなる。丸暗記で教科書を表面的に覚えるような学びとはかなり違い、学びのリテンションも高くなる。卒業後、数年経って「将来の道の選択、生き方の方向性に大きなインパクトをもたらす学びだった。」と感じる生徒も少なく無いと聞く。

⑤ 継続的で頻繁なカリキュラム改善を実行

事例の3校にもう一つ共通しているのは、学習の成果を継続的に測定したり、教師間の頻繁な意見交換を通じて、カリキュラムを継続的、持続的に改善する方法を持ち、実行している点だろう。各校、その思想に基づいて、成果の測り方、測定するデータの種類や測り方などに差はあるが、カリキュラムを一度作って、数年後まで改訂しないという従来の一般的なアプローチとはかなり差がある。(*)

(*)アメリカの公立校における「州基準の改訂」は、日本の学習指導要領の改訂(おおむね10年ごと)と構造的には似ている。しかし大きく異なるのは、実際のカリキュラムが学校・教師レベルで常に動いているという点である。尚、日本の教育指導要項の最新の改訂は、2017年から2018年の告示、全面実施は、2018年度(幼稚園)、2020年度(小学校)、2021年度(中学校)、2022年度(高等学校)に行われている。(参考:文部科学省ウェブサイト

TLL・KWS・HTHのような革新的な学校が際立つのは、州基準という「最低限の枠組み」を守りながら、その中でカリキュラムを毎週・毎学期レベルで更新している点。下記に述べるHTHのチューニング・プロトコルもKWSのデータ駆動型調整も、公式の改訂サイクルを待たず、教師と生徒のフィードバックによって日常的に、毎週程度の頻度で改善されている。

1. Khan World School(KWS)—最もシステマティックな定量分析

KWSは3校の中でデータ活用が最も体系化され、定着している。その基盤はKhan Academyプラットフォームそのものにある。

リアルタイムの習熟度データ:Khan Academyは、学習者が習熟(proficient)または習得(mastered)レベルに到達したスキルの数を内部の学習指標として使用しており、これが外部機関で行われる数学の学力評価における学力向上と関連していることを確認している。KWSのガイド(*)はKhan Academyと独自の学習管理システム(ASUPD)のデータを日常的にモニタリングし、個々の生徒の進捗を管理することが業務として明記されている。 

(*)KWS のガイドの主な役割は、メンターとして、生徒にアドバイスを与える、クラスでのディスカッションのファシリテーター、生徒の習熟度をトラッキングする、生徒へのフィードバックを与えること。

外部研究機関による検証:Khan Academyの効果に関する研究がPNAS(米国科学アカデミー紀要)に掲載されており、Khan Academyの利用増加と生徒の学習成果(MAP Growth)の向上に統計的に有意な正の関係があることが示されている。 Khan Academyの研究チームは定期的に効果研究を実施しており、その結果はカリキュラム改善と実装ガイドラインに反映されるとともに、より広い学術コミュニティ、教育者、政策立案者と共有されている。現在、2年以上のデータが収集された約22万1千人の生徒について縦断的分析が行われており、Khan Academyの利用増減と学力成長の関係が経年で追跡されている。 

ゼロベース採点と学習のペーシング管理:KWSでは「ゼロベース採点(zero-based grading module)」を採用しており、全生徒がゼロからスタートして習熟度を積み上げる仕組みになっている。期日はないが、ペーシングガイドが提供されており、ガイドはそのデータを見ながら各生徒の学習計画を個別に調整している。また、間違った回答に対して減点は無く、間違いを訂正して、習得が確認されると加点され、次に進める方法をとっている。

2. The Levitt Lab(TLL)—経済学的な設計思想とシカゴ大学による研究連携

TLLの設立者レビット氏は「データドリブンな洞察を教育に応用し、より魅力的で習熟度ベースの高校経験を生み出すことに注力している」と明言しており、またシカゴ大学のCenter for RISC(Radical Innovation for Societal Change)は「学習の新しいモデルを設計し、クリティカル思考と実社会への応用を重視する研究機関」として参画している。 

ただしTLLは2025年秋開校と最も新しく、現在はフラッグシップ校(テンペ)が稼働中で、2026年にDa Vinci Connect校とFelix Commonwealth Virtual Schoolが開校予定という段階にあり、独自の学習成果データが公開されるのは、将来の計画という段階である。現時点では、KWSの成果データ(習熟度向上が全国平均の3〜5倍)をTLLモデルの設計根拠として参照している状況にある。 

3. High Tech High(HTH)—「生徒の作品」を質的データとして活用する独自文化

HTHのアプローチは、KWSやTLLとは根本的に異なり、デジタル・ダッシュボードやスコアではなく、「生徒が作ったもの」を中心的なデータとして扱っている。

チューニング・プロトコル(Tuning Protocol)

HTHでは「チューニング・プロトコル」と呼ばれる協議プロセスが確立されており、教師が自身のプロジェクト案を持ち寄り、同僚(可能であれば生徒も含む)からフィードバックを受け、カリキュラムを改善して行く。「このプロジェクトを英語が苦手な生徒にどうアクセス可能にするか」「このプロジェクトで本当に恩恵を受けるのは誰か」といった問いを中心に議論が進む。 このチューニング・プロトコルはHTHを発祥とする手法として教育界で広く参照されており、学校全体のポリシーから特定科目の新カリキュラム、PBLのプロジェクト設計まで、あらゆるレベルの改善に活用されている。 

展示発表(Exhibition)を通じた公開評価:HTHでは、生徒が作品を外部に公開する展示発表が定期的に行われる。評価者は教師だけでなく、保護者・地域住民・業界専門家が含まれる。このイベントを通じて各方面から得られるフィードバックは、カリキュラムの改善に反映されて行く。

大学院(GSE)との研究連携:HTHは独自の大学院(HTH Graduate School of Education)を持ち、教師自身が「実践的研究者」として自校の学びを探究することを制度化している。これにより、教室での実践がそのまま研究対象となり、カリキュラム改善のサイクルに研究の成果が組み込まれる仕組みになっている。この大学院の特色として、修士レベルの学位を取得できるコースに加えて、サンディエゴの教員資格が取れるコースも提供しており、アカデミックな研究と現実に必要とされている教員資格取得を目的とした研修コースを併設している点である。

(つづく)

Next
Next

[連載中] ヒューマン・コネクション【32】