[New] AI時代に私たちが「問い続ける意志」を持つ意味
著名な専門家の言葉や、権威ある機関のデータだからといって、無意識に正しいものという前提で受け入れてしまった経験、皆さんにもありませんか?
最近、学校の課題で「AIの使用は一切NG」という制約の下、類似テーマの論文を3本同時に読み解く機会がありました。批判的(クリティカル)な視点で読み解くことが求められたのですが、実際にやってみると、一つ一つは論理的で正しく見えても、並べてみると矛盾やギャップが浮かび上がってきたのです。この経験から、どちらが正しいかという二元論ではなく、「どのような条件下ではAが正しく、Bが機能しないのか?」という文脈(コンテクスト)を読み解く重要性を、身をもって学びました。
一方で、最近、AIの進化の凄まじさを肌で感じています。高度な推論能力を備えた最新のAIは、かつて人間の専売特許と思われた「文脈を読み解く」領域においてすら、時に私たちが気づかないような視点を提示し、論理的な正解を導き出せるようになりつつあります。思考の領域ですらAIが人間に追いつこうとしている今、私たち人間はどこにその存在意義を求めていくべきなのでしょうか?
IE Universityが発信した "More Human Than Machine" という記事に、そのヒントがありました。 共著者のNick van Dam教授は、「AI時代のリーダーシップは、機械に勝つことではなく、機械が持てない“人間性”を体現することにある」と述べています。
AIがいかに進化しようとも、代替できない資質があると思います。それは、他者の感情を理解する「共感(Empathy)」であり、正解のない中で決断を下す「倫理的判断(Ethical Judgment)」であり、人々を突き動かす「ビジョン(Vision)」です。
AIは、一見すると人に寄り添うように振る舞います。しかし、それは高度な計算の結果であり、心の震えから生まれたものではありません。 AIは、与えられた問いに対して優れた「論理」を返すことはできます。でも、「そもそも、なぜその問いが必要なのか?」「誰を幸せにするために解くのか?」という、出発点となる「意志」を持つことはできない。AIは、もっともらしい未来図を描くことはできても、そこに「熱量」はなく、人の心を真に揺さぶることはできないのです。
Center for Humane Technologyのトリスタン・ハリス氏は、講演『The AI Dilemma』などを通じ、AIが人間の心理的な弱みにつけ込むのではなく、人間の幸福や世界にどう貢献できるかを問い続けてきました。彼のように、「人をケアしたい」「世の中を良くしたい」という強い意志があるからこそ、AIに対して本質的な「問い」を投げかけることができるのだと思います。
これからの時代にどうAIと向き合っていくべきか?それは、AIの能力に置き換えられ、人間としての尊厳を失うのではなく、私たちの能力そして可能性を広げる存在として、AIを位置づけることです。
「正解のない問い」を立て、自ら意志を持ってそれを問い続けること。単なる知能(Intelligence)ではなく、テクノロジーと協調するための叡知(Wisdom)を持つこと。そうした姿勢こそが、今を生きる私たちが未来の人類に対して負っている、世代としての責任ではないでしょうか?