[New] 金継ぎをしながら考えたこと

Stephen Murphy重松先生と、Atsukoさんとの共同作品を手に

遡ること数十年前。ロサンゼルスの高校で履修した陶芸(Craft)のクラスに夢中になりました。

その後結婚をし、妻と旅行に行くと、佐賀では有田焼、京都では清水焼、愛知では瀬戸焼と、なぜか決まって陶芸巡り。いつの間にか、陶芸は二人の共通の趣味になっていました。

アメリカに渡ってからは、なかなかそのような機会もありませんでした。そんな折、懇意にさせていただいている心理学者のStephen Murphy重松先生がKintsugiのワークショップを開催すると知り、Human Storiesでお馴染みのAtsukoさんに声をかけ、一緒に参加してきました。

これまで陶器を「創る」ことはやってきましたが、壊れた陶器を直すという作業は一度も体験したことがありませんでした。

最近知り合った中竹竜二さんの共著『「人の器」の磨き方』の中で、金継ぎが人の成長のメタファーとして紹介されているのを読み、それも頭に残っていました。

もう一つ、長年Heartfulnessを研究されてきた重松先生が、なぜKintsugiに注目されているのかも気になっていました。

今回のワークショップ、80名の枠に対して250人もの申し込みがあったそうです。参加している人たちを見ても、年代も出身もさまざまでした。

本来は3ヶ月ほどかかるという金継ぎの工程。今回は、重松先生曰く“Fast Food Version”。1時間半ほどに工程を凝縮したワークショップです。

僕はAtsukoさんと二人で、7つに割れた器の修復にチャレンジ。

これが、思っていた以上に大変でした。

陶芸では、自分の手で形を創っていきます。今回は逆で、すでに割れてしまったものを、ひとつずつ位置を確かめながらつないでいく。似たような作業を想像していましたが、実際にやってみると全然違いました。

なかなかうまく合わなかったり、少しずれてやり直したり。それでもAtsukoさんとあれこれ言いながら進め、なんとか時間内に完成しました。写真を見ると、それなりに形になっています。

終わってみると、完成したことよりも、試行錯誤していた時間そのものがとても愉しかったことの方が印象に残っています。

重松先生は、金継ぎを“The Art of Becoming Whole”と表現されていました。また、“Kintsugi Way”について、壊れた器を直す技法だけでなく、喪失や失敗、病、他者との違い、変化など、自分の中に生じたひびや断絶とどう向き合うかという話がありました。

“Becoming whole”という言葉が、ふと気になりました。

欠けたところをなかったことにするわけでも、元通りに見せるわけでもない。むしろ継いだ跡を金で残していく。

実際に手を動かしてみたからなのか、その考え方が以前より少し身近に感じられました。

僕自身、これまでの自分を振り返って、「あの時はこうするべきではなかった」と考えることがあります。でも、そこだけを切り取って否定しなくてもいいのかもしれない。そこから得たものもあるし、今になって感じることもある。

今回の金継ぎは、自分のこれまでをそんなふうに振り返る機会にもなりました。病みつきになりそうです。

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