[連載中] 新しい価値を創り出す人財【13】

13. イノベーターのスキル(3)観察する力(Observing)

イノベーターのDNA で解説されている5つのスキルの中でも、観察する力は、イノベーションの土台、あるいは、出発点と言える。前回テーマに取り上げた質問する力は、鋭い観察から始まることが殆どと言って過言で無いと思う。世の中で起きていることをそのまま受け止めず、鋭い観察力を持って見つめ、「なぜ、こういう実態になっているのか?」「より良い方法があるのでは?」と疑問を持つことが、イノベーションの出発点になることが多い。また、鋭い観察を元に、様々な事象を結びつけ、関連付けをすることによって、新しい価値創造への道を開くチャンスに繋がる。

観察する対象は幅広く、世界情勢、国内外の社会のトレンドから、身近にいる人の生活習慣に至るまで、ありとあらゆるところに存在する。特に、イノベーターにとって重要なのは、当たり前の生活習慣、ライフスタイル、行動パターン、当たり前に使っているサービスや製品に、「ペインポイント」を見出すような観察力だろう。また、当たり前の何気ない光景や社会現象の中に、社会の大きなトレンドや人間行動の一貫性やパターンを見つけ、新しい価値を持った製品やサービスをうまく提供していくことによって大きな市場を作り、その市場拡大を牽引するリーダーとなることが可能になる。

最近、Netflixで見た映画 The Founder(2016年配信)は、1950年代にマクドナルド兄弟がカリフォルニアに開業したバーガー店が、レイ・クロックに「発見」され、その後レイ・クロックの大きなビジョンで全米から世界展開まで成功するバーガーチェーンになった経緯をドラマ仕立てで見せてくれる。マイケル・キートンが演じる主役のレイ・クロックは、マクドナルド兄弟と出会い、そのバーガー店、マクドナルドが当時他には見られない、画期的なオペレーション方式で、スピードと効率を達成しているところに注目する。大盛況しているにも関わらず、マクドナルド兄弟には、全米展開のようなビジョンは無い一方、レイ・クロックは、米国の街々をドライブしながら、ある観察をし、その観察に基づいて、マクドナルド兄弟に事業拡大の構想を持ち出すことになる。当時レイ・クロックは、業務用ミルクシェーキメーカーの営業マンとしてアメリカ中部を中心に、毎日数々の街を訪れていた。営業活動は楽では無く、行く先々で断られイラついてしまう。営業活動中の昼食は、ドライブインのバーガー店で済ませることが殆どで、サービスが遅く、オーダーの間違いも多々あり、フラストレーションが更に高まる。そんな時に出会ったのが、マクドナルド兄弟がカリフォルニアで開業していたスピーディーなサービスが新鮮なマクドナルドで、その事業拡大の夢が膨らんだという経緯だ。

アメリカの都市を回りながら、レイ・クロックがピンと来たのは、「教会の十字架とアメリカの星条旗」がどこの街にもあるということだった。そして「十字架と星条旗」に加えてマクドナルドの「ゴールデンアーチ」があるべきだと確信する。急速な拡大に乗り気でないマクドナルド兄弟に、「アメリカのどの街にも、教会の十字架、アメリカの星条旗、そしてマクドナルドのゴールデンアーチがあることを想像できないか?教会も星条旗もアメリカの家庭が集まる場の象徴だ。ゴールデンアーチもそういう場所になる!」と持ちかけるシーンは、レイ・クロックの観察力、関連付け力に加えて少しクレイジーな確信と情熱がよく表現されていて、面白い。普通の人は気にも留めない当たり前の「十字架と星条旗」をじっと見つめて、アメリカ全国の都市が共通に求めるものが見えてくるあたりが、レイ・クロックの卓越した観察力と関連付け力を表している。

イノベーターのDNA では、イタリアのエスプレッソ・バーを観察しながら、スターバックスの構想を考えたハワード・シュルツや、インドでスクーターに家族4人が乗る光景を観察して、世界で最も安価なTata Nano の導入を構想したラタン・タタの例も挙げられている。いずれも、日常の当たり前の生活を観察し、まだ人々が認識していない潜在需要やペインポイントの解決から、大きな市場を作り、大きなシェアを獲得できるソリューション、製品やサービスを新しい価値として提供した例である。

この観察力を高めるエクササイズは、新規事業開発研修のワークショップの出発点として取り入れても良いし、気軽に自分で毎日「日常を観察するエクササイズ」をするだけでも、スキルアップに繋がる。そのようなエクササイズをするにあたって役に立つアプローチをイノベーターのDNA を参考に、また筆者自身の経験に基づいてまとめておく。

1)現場やフィールドで時間を過ごすこと

前述のレイ・クロックがアメリカ各地を車で回りながら「十字架と星条旗」を毎日見て、「ゴールデンアーチ」を加えたいという発想が生まれたように、また、ラタン・タタが、インドの街路でスクーターに乗る家族の様子を見てピンときたように、やはり、ポテンシャル顧客が普通に生活をしている場、フィールド、現場に出て観察することが最も効果的だろう。デスクに座って、頭の中だけで考えると、真の観察ができないばかりか、実態からかけ離れた想像だけの世界の思い込みになりやすい。

2)ジャーナルをつけること

あちこちで見かけた、ちょっとした事象、人々の行動は、当たり前のことだと特に忘れやすい。観察した時にすぐにメモできるような仕組みを作っておくと良い。小さな手帳という伝統的なやり方でも良いし、ボイスメモやフォトメモでも良く、自分にとって最もやり易い方法で、毎日必ずメモをし、できれば、1日の終わりにジャーナルにする。ジャーナル用のアプリも便利なものが出てきていて、Day One あたりは、最も人気がありそうだ。また、AI のパワーを利用したジャーナルのアプリとしては、Reflection やRosebud の評判が良い。ノートをとり、チームメンバー間のコラボを可能にし、タスク・マネージメントにも便利という点では、Notion が優れていて、ビジネスで既に利用されている方も多い。ジャーナルアプリに関するより詳しいレビューは、Zappier のこの記事が参考になる。

3)新しい経験を追求すること

当然ながら、新しい経験をすると新しい発見がある。新しい国や街を訪れること、都市で暮らす人は、地方都市、山村や孤島などを訪れてみることも良いだろうし、自分の業界とは関係の無い、他分野や他業界の人と交流すること、関係の薄い業界の集まりに出てみること、新しい活動を初めてみること、違う世代の人と交流することなど、世の中には新しい経験をする材料が豊富なので、是非、意識的に新しいことに取り組んでみることをお勧めする。

私は、ビジネスのコンサルティングをしながら、クライアントのニーズによっては、全く親しみの無い業界の集まりに参加することがよくあった。今振り返ってみると、そういう機会からの学びが非常に多く、新しい発見や洞察に繋がった経験が数多くある。自分の枠から出て、新しい観察力を高めるためにも、新しい経験の追求は大切だと思う。

4)マインドフルであること

マインドフルネスの真髄である、be present, be attentive, be open-minded であることを意識的に実行する。マインドフルであると、小さなことや、他の人は気づかないこと、自分が今まで気づいていなかったことが見えてきて、それが鋭い観察力に繋がって行く。また、マインドフルネスが促進するオープン・マインドであること、先入観や偏見にとらわれないことが身につくと、より観察力が増すと言われている。マインドフルネスと観察力、マインドフルネスとオープンなマインドセットをトピックにした本や、記事は数多くある他、マインドフルネスのトレーニングは、シリコンバレーのテック企業でも人気がある。マインドフルであることが、観察力を高め、新しいアイデア創出を促進し、イノベーションに繋がることが広く認識されているからだろう。また、プレッシャーが強く、ストレス・レベルの高いテック企業では、マインドフルネスの時間を設けることで、社員のストレス軽減にも繋がると考えられている。大手テック企業のトップにもマインドフルネスの練習を自ら瞑想の時間を設けるなどして実施している人が少なくなく、Salesforce CEOのMarc Benioff, Google CEO のSundar Pichai, 元LinkedIn CEOの Jeff Weiner などがその例である。

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