[連載中]ヒューマン・コネクション【11】
ストリート・アートの似合う街
Seattle Freeze という言葉を初めて聞いた時、雨と曇り空の日がとりわけ多く、冬の間長く暗い日々を暮らすシアトルの人々の心理状態を表した表現だと思ってしまった。それほど、シアトルという街は、雨と曇り空、暗くて長い冬で知られている。ところが、この表現の由来を調べてみると、「シアトルの人は、新しく外から来る人に対してあまり温かくなく、外からの人々を受け入れることに積極的で無い。」「外からシアトルに移って来る人たちは、友達を作ったり、コミュニティーに入りこむことに苦労する。」というような状況を示していると知り、正直なところ意外な気がした。私が知るシアトルの人たちは、親しみ易く話し易く、長年の付き合いを大切にしてくれる人ばかりである。私がシアトルを訪問するようになったのは、まだAmazonも無かった40年も前のことで、きっかけが、職場を通じて知り合った人や、親戚、その知人のサークルだったからであり、全くの新参者では無かったことが功を奏したということなのだろう。Seattle Freeze という表現は、2005年に Seattle Times のレポーターだったJulia Sommerfeldが初めて使ったとのことで、その経緯や背景がSeattle Met 2023年冬の号で説明されている。
2005年頃のシアトルは、ボーイングやノードストロムなどの地元大企業に加えて、マイクロソフトやアマゾンを代表するテクノロジー企業が急成長していて、人口も急増していた。リベラルな若者が増えて(特にカリフォルニアからのテックワーカー)、ジェントリフィケーションが急進行し、交通渋滞も日に日に悪化していた。昔からシアトルに住んでいた知人たちも、「もうこれ以上人が増えて欲しくない。特にカリフォルニアからの移住者はお断り。シアトルをカリフォルニアのようにしたくないから。」とカリフォルニア人の私にジョーク混じり、半分以上は本音の気持ちを語っていたことを思い出す。そんなシアトル人たちの新移住者に対する距離を置いた気持ちを、Julia Sommerfeld がSeattle Freeze という言葉で表したのだろう。
私の知人の望みも虚しく、その後シアトルは益々急成長し、2010年代には、全米でも人口増加の著しい都市となった。シアトルの東の静かな郊外という印象だったBellevue 市は、Googleを始めとするテック企業が集まるハブに変貌し、近代的なビルが立ち並んで、2000年前の面影は殆ど無い。最近聞いた話だが、正式に移住する人に加えて短期でシアトル及びその周辺に滞在する人も多いらしい。テック企業の人材が殆どで、3ヶ月から6ヶ月くらいのプロジェクトで来る人も相当な数らしい。
テック企業が君臨するBellevue 市のスカイライン(出典:GeekWire 2021年)
Seattle Freeze という言葉から知った「シアトルの人は外からの人を歓待しない。」という、この意外な評判(?)に少し興味が湧いて、大学を卒業した直後シアトルの企業に就職して数年住んだ後、最近サンフランシスコに引っ越して来た20代後半のMさんにシアトルでの体験について聞いてみた。彼女曰く、「Seattle Freeze という言葉はよく聞くけれど、コミュニティーに入り込めないとか、友達ができにくいというのは、特にシアトルだけの問題では無いと思う。特にコロナで在宅勤務が恒常化したあたりから、どこの街でも、結構寂しい人が増えているのでは?私は、むしろシアトルのあちこちにある個性のあるネイバーフッドがすごく好き。私の住んでいたBallard のあたりは、アートも音楽も食べ物もよくて、歩く距離内にカフェやレストランがあって、住み易かった。住んでいる楽しみがあった。特に日曜日のマーケットは新鮮な野菜、お花も果物も色彩豊かで最高!」という答えが返ってきて、なんとなくホッとした。シアトルは40年前に出会ってからずっと好きな街だったので。そう、彼女の言う「ネイバーフッド」の感じ、その雰囲気が、住む人の地元への愛着や帰属意識を表していそうだ。「コミュニティ」よりも生活感の漂う、色彩と匂いが伴うような「ネイバーフッド」。それがBallard にはあるのだと彼女は言う。
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7月の初め、機会に恵まれて、シアトルに出かけることになった。Mさんの話も頭の隅に残っていて、過去には訪れることが無かったBallard で、初めて時間を過ごすことにした。丁度、日曜日のFarmers Marketの時間帯に到着して、その賑わい、彩り、ストリート・フードの匂いが幸福感を刺激する。確かに楽しい街だ。小売店やカフェの大手全国チェーンは、あまり見かけない。せいぜいシアトル発のスターバックスくらいで、殆どのカフェやブティークは、地元の人が営々と続けているオリジナル店という印象を受ける。街を歩いていると、カラフルなストリート・アートが豊富なことに気づいた。店舗や倉庫の外壁のみならず、オフィスビルや高級アパートの外壁にも、鮮やかな彩りとユーモアのある画風のアートが取り入れられている。港の街らしく、魚、タコ、ダイバーなど海のテーマが中心。また、シアトルの周辺の風景を取り入れたテーマも目を惹く。どのストリートアートもその鮮やかな色使いは、長くて暗い冬の雨空に明るさをもたらして映えそうだ。街を歩く人々も飾り気なくカジュアルで、高級ファッションでは無く普段着が行き交う。「ネイバーフッド」で普通に生活する人々の街ならでは。
オフィスビルやアパートの壁面を飾るアート
ノルウェー人のフィッシャーマンが活躍した歴史を持つこの地域ならではの、Velkommen (Welcome) Ballard という歓待メッセージを伝えるニコニコ顔の魚のアートは、特に気に入った。この雰囲気からは、Seattle Freeze は全く感じられない。生活感に溢れる住み易い「ネイバーフッド」のアートは、気取りがなく、訪れる人々を心から歓待してくれている気がする。
人気のあるシーフード・レストランの横筋にも鮮やかなストリートアート
ストリートアート、パブリックアートに溢れるシアトルには、市として積極的にアートを推進するプログラムや仕組みが整っているらしい。1973年に始まった1% for Art Program は、市のインフラや施設改善予算の1%をパブリックアートに向けることを決めている。また、市の正式な組織としてOffice of Arts & Culture Initiative があり、地元のアーティストと連携して大規模なミューラルの設置などを進め、2023年時点で、30の大型ミューラルを設置したとのこと。非営利団体の活動も盛んで、Urban ArtWorks は若者、子供向けの教育プログラムを提供したり、企業とのコラボでアートを設置する際の資金的支援や設置場所の確保に企業の支援を受けている。(例:Lyft とのコラボ、Lyft Hub)
実はシリコンバレーの街にも、同様のプログラムは存在している。サンホセ、サンタクララ、パロアルトなどは、実際かなり積極的にパブリックアートを推進している。しかし、パブリックアートが幅広く受け入れられ、存在感が高いのはシアトルでは無いかと思う。(私の個人的印象です。シリコンバレーのアート団体の方、アーティストの皆さん、すみません。)、アートが地元の誇るもの、人々に愛されているものに密着しているのが理由だろうと勝手に推測している。シリコンバレーの多くのパブリック・アートには、重要なメッセージが託されていて、心を打つものも多い。一方で、やや抽象的で生活への密着感は薄いというのが、これもまた私の勝手な印象。ピュージェット・サウンド、シャチ、鮭、その他多くの海産物、レニエ山に代表される山々の遠景などに対する人々の愛着が現れているシアトルのストリート・アートは、そこに住む人々の生活の一部として、街の風景と生活にリズムと活気を与えているように見える。ここで生活する人々は、地元への共通の愛着をアートを通じて確認し合い、お互いのコネクションを感じているのかも知れない。そういうコネクションを感じるようになれば、Seattle Freeze と呼ばれる少し距離を持った関係では無く、心から受け入れてもらえる、ということかも知れない。人とのコネクションを本当に感じるようになるには、確かに時間が掛かる。その意味では、Seattle Freeze はむしろ真摯な姿勢の現れと言えるのかも知れない。Ballard のようなシアトルの個性あるネイバーフッドが、ジェントリフィケーションの進行でピカピカで直線的、無機質、そして画一的になってしまわないことを祈っている。いつまでも、ストリートアートが似合う個性的な街、アートを通じて人々がコネクションを感じられる街でありますように。