新しい価値を創り出す人財【16】

16. 本当に解決したい課題を持つ人財(1)

「新しい価値を作り出す人財」シリーズの執筆を初めてから約1年と3ヶ月が過ぎ、今回で16回目となる。シリーズの最初に、Peter Thiel のZero to One を参考にして新しい価値を作れる人財の特徴として下記の6点を挙げた。


  1. 難易度の高いことに挑戦する意欲がある。

  2. 将来ありたい姿を描いてビジョンとして持っている。

  3. テクノロジーのブレイクスルーを実現できる。

  4. 信頼と共通のビジョンに基づいたチーム・メンバーとしてリーダーシップを発揮できる。

  5. リスク分散や、計算されたリスクについて理解しながら、リスクを取ることができる。

  6. 具体的な計画を立てて実行に移せるオプティミストである。


これらの特徴は、新規事業の立ち上げに成功した人、起業家として成功した人に共通しているが、更に、より根本的な特徴として、「本当に解決したい課題を持っている。」ことが、かなり重要だと感じている。即ち、会社から要求されたり、与えられたりして、始める新規事業開発や課題解決ではなく、自分が本当に解決したいと思っている課題に取り組むことが、真の新しい価値創造に繋がるということである。当たり前と言えば当たり前のことだが、多くの企業の新規事業開発プロジェクトが、案外このポイントを抑えていない印象を持っているので、敢えてこの点について具体的なケースを使って考えてみたい。


(ケース1)

先日、数年前にX社のイノベーション人財研修プログラムに参加したAさんと2年半ぶりに再会する機会が合った。Aさんは、研修に参加された時点では技術研究所に所属する技術系の研究員だったが、その後、技術系の事業開発部門に異動になり、今回アメリカ赴任が決まったそうだ。Aさんは、コーホート10人の研修生の中でもとりわけ熱心で、仕事が忙しいにも関わらず、宿題も必ず期待以上の内容を提出してくれたことをよく覚えている。グループ・ディスカッションにも積極的で、発言の回数も質も10人の中でトップクラスだった。自分の軸をしっかりと持ちながら、新しい考え方やコンセプトに対してオープンなのが印象的だった。また、コーチの私との議論でも、簡単には引き下がらず、真剣にチャレンジして来る姿勢が頼もしかった。いろいろな面で際立った何かを感じさせてくれる人で、将来はきっとX社を引っ張って行く人財だろうと感じていた。


私が実施する研修プログラムでは、必ず「自分が本気で解決したい課題」から始めるので、Aさんのチームも、チームとして真剣に解決したい課題に取り掛かった。具体的な内容は、割愛するが、その課題は、X社の事業とは、かなりかけ離れたところにあった。A さんのチームには、「最終成果の発表では、取締役レベルの経営層の審査があり、その評価項目には、X社の事業への貢献が含まれる」ことを再認識してもらった。コーチの立場からは、必要な確認事項だった。一方で、内心ではAさんとチームの真剣さ、本気度が伝わって来ていたので、経営層の意向や事務局からどう思われるかを忖度し過ぎず、思い切って進めて欲しいと思った。


Aさんのチームの課題は、いわゆるソーシャル・イノベーションの範疇に入るもので、アメリカではNPOが活躍している分野である。私にとっては、企業向け事業開発コンサルティングの他に、Stanford Business School 卒業生のプロボノ・コンサルティング活動であるAlumni Consulting Team for Non Profits (通称ACT)での活動に数年間参加してきたこともあり、個人的には好きな分野のコンサルティング兼コーチングである。まず、最初の取り掛かりとして、この課題解決をNPO の形態で進めることを前提に、X社として取り組む意義を考え、X社が既に持っている基金や支援しているNPOとの整合性有無の検証をし、「日本のために」という視点で始めたが、グローバルなスケーラビリティもあるかどうかを検証し、スケーラビリティがあれば、より大きなソーシャル・インパクトを持つ活動にすることを目指すよう促した。また、勿論、ソーシャル・インパクトをどのように測るか、NPO としての事業モデル(収入モデル)をどうするか、グローバルにスケールする場合には、どの地域を優先するか、テクノロジーをどのように有効活用するかなども検討してもらった。


最終的に、Aさんのチームは、最終審査で最優秀賞を獲得することになったが、最終発表の出だしで、「すみません。この事業は、儲かりません。儲けるための事業では無いのですが、日本と世界の将来のためにX社が率先して社会貢献事業として進めるべきだと思っています。」という切り出しでプレゼンを始めたことが、かなりインパクトを持った。審査員の中でも、トップクラスのY取締役が、「『儲かりません。それでも、日本と世界のために絶対やるべきなのです。』と言われて、ギクっとさせられたが、真剣さがよく伝わった。社会的な価値ということに注目することは大切だ。」と高い評価のコメントをして下さった。企業の利益増大のみが意義ある価値創造では無く、社会的な価値創造も重要だと後押しした経営層の方々のコメントに、Aさん達は喜びを隠せないようだった。審査後に、Aさん達は、「『儲かりません。』と始めて、まさか最優秀賞をいただけるとは思っていなかった。でも、自分たちが本当に取り組みたいことを理解していただいて、嬉しいです。」と語っていた。この経営陣の方達は、Aさんのチームのような、自分たちの意思や確信に基づいて真剣に物事に取り組む若手社員の課題意識を重視しておくことが長期的に重要だと認識されているのだと思う。


2年半ぶりに再会したAさんは、「あの研修がきっかけになって、今アメリカに赴任するようなところまで来たと思う。」と目をキラキラさせながら語ってくれた。また、「あの研修で、技術にのめり込んでいた自分から脱却し、ビジネスの価値とか、社会的価値とかを真剣に考えるようになった。最後に取締役の方々にプレゼンをする機会があったことは、自分にとって素晴らしいきっかけになった。」とも語ってくれた。あのプレゼンがきっかけで、Aさんは審査をしてくれた取締役の方々と面識ができ、Y取締役にあるタイミングと場で「アメリカに行かせてください。」とお願いしたらしい。Aさんは、新たな本気で取り組みたい課題をしっかりと持ち、その課題解決のためにアメリカで数年過ごすことがキーになるという説明を説得力を持ってきちんとできたのだと思う。

(つづく)

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