[連載中] ヒューマン・コネクション【17】
働く必要が無い時代に人々は何を求めるか?
AI がもたらす大量失業の可能性が現実味を帯びて語られるようになり、また実際に多くのテック企業がレイオフを進めている現在、かつてはユートピア的とされていたUniversal Basic Income (UBI) という考え方が、政策の一案としてしばしば言及されるようになって来た。すなわち、働かなくても一定の所得を全ての人に供与する、という案である。18世紀後半から事ある度に話題になってきたUBI は、20世紀後半には人種間の機会格差、所得格差を是正する策として、マーチン・ルーサー・キング牧師も提唱する考え方だった。最近では、サム・アルトマンやイーロン・マスクが度々言及し(*注)、注目を集めるようになった。
(*注)マスク氏は、AI とロボティックスの発展で、Universal Basic Income どころか、Universal High Income が可能な世の中になるとしている。そういう世の中では、「節約して貯金することも必要ない。」とのこと。彼が物凄い価値創造に寄与しているのは確かだが、今のところ、そのリターンとしての富をかなり独り占めしていて、世界の貧しい人々への還元には感心が無さそうに見えるが。。。
身近なところでも、既にAI を活用することで生産性が向上し、時間的なゆとりを経験している人が相当出てきている。コンサルティング業界の知人達は、エントリーレベルのリサーチ・アシスタントの採用をグッと減らしたと言っている。自分自身、リサーチ等に掛かる時間が激減していることを実感しているし、資料のまとめに掛かる時間も減った。従来のコンサルティングに対する需要は減りつつあり、コンサルティング業界自身のリスキリングやビジネス・モデルの刷新が必要になっていると聞く。
アメリカの財政赤字が止まること無く膨らんでいることから、UBI を実施する財源はどうするのかが最も大きなハードルになることは容易に想像がつく。AI の恩恵を最も大きく受けている企業に対する「AI 生産性向上課税」のようなものを取り入れて、それを財源にするのか?(アルトマン、マスクの両氏はこれに賛同するのか?)まだまだ実施までの道のりは長そうだ。しかし、社会全体の大きな潮流としては、AI やロボティックスの発展が働く時間を短縮して行くことは確かだと思う。
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ところで、働かなくても良くなり、或いは働く時間が激減されて、UBI 政策の実施で所得は確保されているとしたら、人々は何をするのだろうか?大学を出てから、かなり長い間ガチガチ働いて来た自分のような人間には、「想像がつかない。。。」と思ったのはホンの一瞬。試してみたいこと、もっと時間を割きたいこと、見たいこと、行ってみたいところなどをどんどん思いついた。家族や親戚との時間を増やすこと、友人や知人と会う時間を増やすこと、音楽や演劇を楽しむこと、アートやクラフト活動に参加すること、様々なレクチャーに参加すること、歴史や文化を学びながら旅行をすること、同じ興味を持った人たちとコミュニティを作って集うことなどに加えて、地域の学校や病院などでボランティア活動をすること。。。いずれも、今まで仕事の合間に少しずつして来たことだが、仕事とこのような活動の割合が逆転するような感じだとしたら、理想的な気がする。多くの人がそういう割合で生きていけたら、誰もが人に対して、寛容でやさしく思いやりのある世の中になるかも知れない。
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サンフランシスコのFinancial District やUnion Square などがある市街地から、ほぼ西にまっすぐ30分から40分くらいドライブすると、目の前に広がる太平洋の波が豪快で気分爽快になれるオーシャン・ビーチに辿り着く。潮風が漂う海辺の街で育った私にとって、オーシャン・ビーチはサンフランシスコの中でも最も好きな場所だ。肌寒く風が強いことも多いが、晴れの日には、地元の人や市街地側から海辺に遊びにくる人たちで賑わう。夕方ここで見るサンセットは圧巻なので、サンセットを見終わるまで帰宅時間を延ばす人も多い。時間潰しも兼ねてGreat Highway 沿いに散策したり、また周辺のカフェでカプチーノをすすったり、この周辺には地元の人たちの日常を映すさりげない風景がある。観光客の多いサンフランシスコ市の東側、北側とは少し趣が違って、人々の普通の生活感が心地良い。
犬もお気に入りのサンセット@オーシャン・ビーチ
オーシャン・ビーチに面するOuter Sunsetの、Black Bird Bookstore and Cafe の存在を教えてくれたのは、地元に住む下の娘だった。テックワーカー風の若者、子連れの若いカップル、リタイアリー風のシニアの方達、中年の友達グループと、客層が広く多くの人が常連風だ。ブックストア+カフェという店舗の構成になっていると同時に、あちこちにアートが展示されていたり、ちょっとしたイベントができるスペースもある。2017年にブックストアとして開店し、2022年にはより大きな面積の店舗に移ってカフェを加えたそうだ。オーナーが自ら選ぶ本やアートには、彼女のフィロソフィーがはっきりと反映されている。
”At Black Bird, we hand select each book on our shelves to not only reflect the diversity of experiences and interests of our community but also to broaden perspectives, deepen ideas, and bridge new conversations. We are about discovery, engaging stories, diverse voices and ongoing conversations.” - Black Bird のウェブサイトより抜粋
1990年代から2009年ごろまで、アマゾンの攻勢に敗れてブックストアはアメリカから姿を消していった。大手チェーンも苦戦する中、独立系の本屋に勝ち目は無かった。ところが、2019年ころを界に、コミュニティーに根付いた独立系のブックストアの人気が高まり、パンデミックの2020年ころから2025年までに、店舗数にして70%の成長を遂げることになった。パンデミックで遮断されていた人とのコネクションを求めて、多くの人が敢えてブックストアに行くことを選択し始めたらしい。コミュニティー・ハブとしてのブックストア、本を売るだけで無く、イベントを開催したり、カフェを同設したり、人々が集まって共に時間を楽しむ場、共に学ぶ場としての位置付けが功を奏したと言われている。Outer SunsetのBlack Bird も、まさしくそういう場になっている。
「働く時間が激減したら、あるいは所得のために働かなくて良い状況になったら、何をするか?」という2019年のPlansponsor のサーベイに対して、最も多く言及されたのが、コミュニティーでのボランティア活動だそうだ。また、自分のビジネス立ち上げ、クリエイティブな活動、コミュニティーでの学びやその他の活動も頻繁に回答に登場したとのこと。AI に仕事を任せて、人間にとって大切なコミュニティーのために時間を使ったり、クリエイティブな活動を手掛けることで、より意義深いヒューマン・コネクションを追求できるとしたら、AI の台頭の良い面も見えてくる。Black Bird のバックポーチで若い夫婦が子供に本の読み聞かせをしている姿は、ヒューマン・タッチに溢れていて微笑ましい。独立系のブックストアとして、苦労も耐えないと思うが、このような心温まる場を創り出しているオーナーのKathryn Grantham さんは、AI が提供できない場作りに、きっと生き甲斐を感じていることだろう。