[連載中] ヒューマン・コネクション【18】

スタンフォードの教室で、私が自身の「失敗の履歴書」を語った理由


Stanford GSBのオンラインプログラム『
LEAD』でCourse Facilitator(CF)を務めて、間もなく丸5年になります。 1月6日から新しい学期が始まり、私はこの冬学期、「Decision Making(意思決定)」のコースを受け持っています。早いもので、これまでに受け持った生徒数は、もう一つの担当コース「Negotiation(交渉術)」と併せて500名を超えました。

毎週末、CFが持ち回りで補講のようなセッションを行うのですが、これまでは学期の中盤以降に担当することが多く、授業の振り返りや提出済みのアサイメントに対する質疑応答が中心でした。 ところが今回、私が担当するのは第1週目の週末。

生徒にはまだ意思決定に関するインプットがないし、振り返るトピックもない。これまでのやり方は通用しない。「さて、どうしたものか……」と、思案しました。


友人がくれたヒントと「失敗の履歴書」

ヒントをくれたのは、セッション前日に親しい友人と交わした何気ない会話でした。 彼もかつてこのコースを履修していて、偶然にも私が彼のCFを務めたという縁があります。その彼が、「Paul Pfleiderer教授のある言葉が、1年以上経った今でも忘れられない」と話してくれたのです。

"A good outcome does not mean it was a good decision, just as a bad outcome does not mean the decision was bad." (良い結果が出たからといって、それが良い意思決定だったとは限らない。同様に、悪い結果だからといって、その意思決定が悪かったとは限らない)


そして友人は、“人って、成功体験よりも失敗体験の方に興味を持つし、耳を傾けるものですよね” と言って、ある興味深いドキュメントの存在を教えてくれました。 プリンストン大学のJohannes Haushofer教授が公開した「
CV of Failures(失敗の履歴書)」です。

普通の履歴書には「成功」しか書かれていない。でもHaushofer教授は、“私の挑戦のほとんどは失敗しているけれど、それらは目に見えない。だから成功だけが見えてしまうんだ” と言って、自身の不合格や落選のリストをあえて公開したのです。

この話にピンときた私は、教授の言葉と「失敗の履歴書」のアイデアを掛け合わせて、あることを決めました。 「CFは生徒の模範であるべき」なんていう一種のプライドは捨てて、自身の「Bad Outcome(悪い結果)」をありのままに彼らに語ってみよう、と。


「チャット・ストーム」と私の告白

当日、まずは場の空気を温めるために「Chat Storm」という手法を使ってみました。これも初めての試みでした。“これまでの人生での『最高の決断』か『最悪の決断』を一つ思い浮かべてみて”、と投げかけ、合図とともに一斉にチャット送信してもらうと、画面はあっという間に多様な「人生の決断」で埋め尽くされたのです 。

場が温まったかな、というところで、みんなに話を始めました。それは、The Gift of a Bad Outcome(悪い結果からの贈り物)をテーマにした私の実体験のエピソードでした。

この2年間で、私は2度のレイオフを経験しています 。その話をすることを決めました。 特に印象深かったのは、一度目のレイオフの後、ある好条件のオファーをいただいた時のこと。条件面では「良い決断」に見えましたが、対話を重ねる中でどこか価値観のズレのようなものを感じ、そのオファーを辞退しました。 その代わり、別の道を切り拓き、自分でポジションを作ってCLO(最高学習責任者)として採用されるという、まさに「夢のような結果」を手にしました。

でも、「良い決断」をしたはずのその1年後、私はまたしてもレイオフされてしまったんです。

結果だけ見れば、間違いなく「Bad Outcome」です。 けれど私は、そこで得た教訓と、「これは本当に情熱を注ぐべき道に進むためのギフト(贈り物)だ」というパートナーの言葉を胸に、独立して会社を立ち上げました。それが今のキャリアに繋がっている、と。


沈黙の後に生まれた「絆」

10分ほど私の失敗談を話し終えると、画面の向こうには一瞬の沈黙が流れました。(そうなりますよね) “シーンとしちゃったな” と思ったのも束の間、一人、二人と手が挙がり始めたのです。

自分の失敗体験を打ち明けてくれる人、私の話に深く共感してくれる人、今まさに直面している決断の悩みを相談してくれる人……。 たかが30分、されど30分。そこには、初対面同士とは思えないほど熱のこもった対話の場が生まれていました。


教授からの言葉

この出来事を翌日Pfleiderer教授に報告すると、すぐにこんな返信が届きました。

“Kane、 ストーリーテリングのスクリプトを、一度ならず二度も読み返しました。君の物語があまりにもうまく語られていて、説得力があったからです。あれを実行したのは、とても勇気ある行動だったね。

見ず知らずの人たちに対して、あそこまで個人的なことを共有できる人はそう多くはないだろう。確信してよいことがある。君はこれを共有したことで、参加した生徒と、もはや『他人』ではないと言えるほどの強い絆を築いたということだ。

セッションに参加したほとんどの生徒たちは、これから学ぶ意思決定ツリーのデシジョン・ノードを表すのに四角を使うか円を使うかといったテクニカルなことは忘れてしまっても、Kane、君の物語のように説得力のあるストーリーテリングは、人々の記憶に長く残る思い出をきっと作り出す。

このこと、そして他の多くの点から見ても、あなたが独立して大成功を収めることに疑いの余地はない。シェアしてくれて本当にありがとう。Paul”

読み終えて、グッと胸が熱くなりました。


良い結果=良い決断とは限らない

The Gift of a Bad Outcome。自分にとって一番痛手だった失敗体験を、生徒たちへの「ギフト」として贈ることができました。そのおかげで、教える側と教わる側という枠を超えた、人間同士の繋がりを築くことができた気がします。

良い結果だけが、良い決断の証ではありません。時に訪れる「悪い結果」でさえも、次の大きな決断への糧に変えていける。そんな向き合い方を、私自身もまた、生徒たちとの対話から深く教えられた、そんな忘れられないセッションになりました。

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