新しい価値を創り出す人財【18】
18. 本当に解決したい課題を持つ人財(3)
毎年この時期は、新年の初めにラスベガスで開催されるCESをトピックにしたニュースや広告がメディアを賑わす。“The Most Powerful Tech Event in the World” と言われるこのイベントには、世界各国から14万人以上の参加者が集まる。テックの新しいトレンド、市場の方向性が各社の展示や発表から把握できるので、このイベントのコンテンツには毎年関心を寄せているが、2026年1月のイベントの注目分野にIntelligent Transformation(主にAI の話)に加えて、Longevity (長寿、長寿社会)が含まれていることが興味深い。
長寿社会がもたらす、様々な課題をテクノロジーで解決しようという試みは、過去10年くらいの間に、急速に盛んになった印象を持っている。特に、2020年頃からは、AgeTech (エイジテック)という言葉が頻繁に使われるようになり(*注)、加齢に伴う課題に対して、デジタル技術やロボティクスを活用して高齢者の生活の質、自立、社会参加を高めるソリューションを開発するコンセプトで、介護・医療・見守りだけでなく、リタイア後の就労、リタイア後のファイナンス、コミュニティ参加など、心身共に幸せで健康な長寿社会を再設計する動きとして位置付けられている。領域は、自立生活支援(見守り、転倒検知、スマートホーム)、医療・介護の効率化(リモートモニタリング、ケア記録、アラート発信)、予防ヘルスケア、社会参加・就労支援、資産管理など多岐に渡る。
(*注)2020年ごろにAgeTech という言葉がよく使われるようになった背景に、コロナのパンデミックによって高齢者のケアが難しくなったり、リモートで高齢者とコミュニケーションをする必要が高まったりしたことがあると言われている。確かに、筆者の母親も当時介護施設に入っていて、テクノロジー無しにはコミュニケーションやモニタリングが成り立たなかったことを記憶している。また、米国の高齢者をメンバーとした組織では最大級のAARP に設けられたイノベーション・グループ、 The AARP Innovation Labs が公式に AgeTech Collaborative というイニシアチブを開始したこともAgeTech という言葉の普及に繋がった。
この分野で起業したり、イノベーションに取り組んでいる多くの人たちは、高齢の親の介護、看病、モニタリング、親や現場のケア・プロバイダーとのコミュニケーションなどに苦労した結果、拡大する高齢化社会の課題の深刻さを認識した経験を持つ。そういう人達には、この社会的課題解決に取り組むことをビジネスを超えた、言わば、人生のミッションにしている例も多く見られる。新しい価値を創り出す人財【11】で紹介した若者と高齢者のマッチング・サービスを提供しているPapa の創業者で現在もCEOを務める、Andrew Parker もその良い例である。彼は、認知症の症状が見え始めた自分の祖父(Papa)を助けたいという出発点から始め、同様のサービスを多くの人たちに普及する努力をした結果、ビジネスとしても成功した。今回紹介するDUOS も親の介護経験に基づいて、高齢者と介護者、ケア・プロバイダーが抱える問題を解決したいという強い気持ちに基づいて始められたサービスである。
(ケース3)
DUOSのCo-Founder であるKristen Lynchは、2020年の半ば、世界的なパンデミックの中で人々の孤立や生活の混乱を目の当たりにしながら、自分は自分の価値観にどれだけ忠実に生きているかを自問したという。その過程で、1)母の介護をする者として医療システムを渡り歩き、複数のケアの間に連続性が欠けていることを痛感したこと、2)プロダクトづくりの初期段階に関わり、市場に送り出すプロセスから得られる充実感が好きなことの二つを組み合わせて、「ビルダー」として情熱を持てる自分を意識したのがDUOS のサービス考案と起業のきっかけになったそうだ。
DUOSの起業前には、二型糖尿病を中心とした慢性疾患マネジメント企業Onduo(Alphabet傘下のVerily Life Sciencesの一部として統合された)でプロダクト開発を担当していた彼女は、医療システムに精通し、製品開発の経験も豊富だ。また、Onduo以前は、Athena Healthでプロダクト開発に携わっていた。当時「医者にかかるたびに同じ書類を書かされる一方で、世界中どこのATMに行ってもお金を引き出せる、という問題、即ち、ヘルスケアのインターオペラビリティ欠如」という問題を認識し、ヘルスケアが抱える非効率性を低減することに取り組んでいたという。
DUOS は高齢者をサポートすると同時に、介護する側のサポートも行う。介護のプロセスにおいて、サービスを受ける高齢者側だけでなく、介護を提供する側のストレス、精神的身体的疲労、過労などを解決しないと、本当の意味で良い介護が達成できないことは、自分の経験からも明らかだと確信したらしい。また、介護を受ける人、与える人、それぞれに特有の事情があったり、様々な制約があったりするので、パーソナルな対応ができるよう、テクノロジーを駆使してマッチングができる仕組み作りに取り組んだ。高齢者に対して敬意を払う意味でも、個々の好みや抵抗のあることなどにも耳を傾けるべきだとしている。更に、高齢者が必要なサービスは、ヘルスケア関係だけでなく、移動のための交通手段、買い物、調理、簡単な組み立て作業、荷物運びなど、多岐に渡るので、そのような面でのサポートも対応できるようなメニューのデザインにしているそうだ。
テクノロジー面でのチャレンジは、高齢者のテクノロジー習熟度には非常に幅があること、また、その状況がとても速いスピードで変化していることである。高齢者層がどれほど急速にテクノロジーとの関わり方を変えているかを踏まえるために、DUOSでは、大量のユーザーリサーチを実施している。エンドユーザーは大きく3つのグループに分け、1)電話を好み、テクノロジーでのやりとりには興味がない層。この人たちに対しては、電話だけでサポートを完結できるよう、オペレーション部門を整備している。2)その全く反対側にいるのが、むしろ若い世代よりも、積極的にテクノロジーを導入している層。そして、3)その中間にいるのが、「テクノロジーについていくことは大切だ」と認知しながらも、「テクノロジー製品は自分たち向けに作られていない」と感じている層。この人たちは、身近な若い友人にテックサポートを頼んだり、他のサポート手段を活用したりしながら、テクノロジーとの関わり方について学びたい、という意欲を持っている。DUOSは、これらすべての顧客グループを支援することに力を入れているとのこと。
Co-Founder の1人であるKarl Ulfers が、DUOS のCEO として留まり、彼の幅広く深い業界経験を活かした経営が続く中、Kristen Lynchは、DUOS のアドバイザーになって日常のオペレーションからは離れた。今でもDUOS にはアドバイザーとして関与しているが、更に自分のミッション追求のために、新しいステルス・モードのスタートアップ立ち上げに取り組んでいるそうだ。彼女がDUOSのプロダクト開発に見せた、徹底したユーザー優先の姿勢が、また次のスタートアップで新しい価値の創造に繋がることを想像すると楽しみだ。サポートへのニーズが日増しに高まる高齢者側と人手不足で猛烈に忙しい介護者側の双方に、真に役立つサービスを提供することで、社会が直面している大きな課題、今後益々重要度が増す課題を本気で解決して行くという意欲と覚悟のようなものを感じさせてくれるDUOS。CES でも重要テーマとして取り上げられるほどAgeTech が一つのブームになっている環境の中、パーソナルなサービスを徹底して提供しつつ、ビジネスとしても十分成功することによって、グローバル・スケールで重要性が増している長寿社会の課題解決に取り組み続けて欲しい。
(つづく)