[連載中] ヒューマン・コネクション【19】
シリコンバレーからフーコック小学校へ希望を託して
ベトナム出身のビジネス・スクールのクラスメートが、旅程からロジスティックスまで全てを手配してくれた17日間に渡るベトナムの旅から戻って1週間が経った。ベトナムの歴史を振り返りながら地元の人たちと交流する機会に溢れたこの旅では、自分の日頃の姿勢を見直すきっかけになるような出会いや気づきがあった。期せずして、そういう気づきの機会を与えてくれたのは、ベトナム戦争の結末にボート・ピープルとして海を漂流し、想像を絶する苦難を生き延びた人たち、新しいベトナムで将来への夢を語る若者たち、屈託のない、素直に喜びを表す子供達だった。1週間経った今、まだ旅の余韻が残っていて、出会った人たちの顔を思い浮かべながらこの旅の意義をかみしめ、心に沁みるストーリーを忘れない内に少しずつ書き留めている。
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バス1台分を定員として総勢30人近くのクラスメートのために特別企画をしてくれたのは、ベトナムを舞台に実業家、プライベート・エクイティ投資家、ソーシャル・イノベーターとして目覚ましい功績を上げて来たKien Pham。2008年頃からは特にベトナムの小学校教育強化や大学生、大学院生のアメリカ留学支援を積極的に推進しており、Khan Academy のオンライン・学習プログラムをベトナムに導入することも手掛けた。 ビジネスでも社会貢献でもトップクラスの彼は、クラスメートのみならず、スタンフォード・ビジネス・スクールのコミュニティ全体からから尊敬されている(*)。
(*)スタンフォード・ビジネス・スクール100周年を迎えた2025年、Kien Pham は世界にインパクトを与えた卒業生カタリスト100人の1人として選ばれた。
このツアーでは、複雑なベトナムの歴史について学びながら名所旧跡を訪問し、主要地域の開発プロジェクトの見学から経済的急成長の様子を目撃。同時に成長に伴う社会課題について考えさせられる機会も多かった。スピーカーには、元在ベトナム米国大使や、経済界のトップが含まれ、ベトナムの今後について示唆に富んだ話を聞くことができた。さらに地元の小学校で子どもたちの元気な学びの様子を見学し、留学をめざす地元の高校生たちから将来の希望について話を聞く機会にも恵まれた。日本企業就職を支援する研修校で学ぶ若者から日本への期待と抱負を聞くチャンスもあった。もちろん観光地巡りもあって、そのハイライトは、フランスによる植民地時代に開発が進んだ北方の避暑地、サパの訪問。ハノイからサパまでは、1900年代初めに開通したという夜行列車での旅で、車体の多くの部分が木造風(?)の古い列車の軋みが気になりながらも、ぐったりして翌朝車掌に起こされるまで眠り続けた。そして翌日に到達したファンシーパン山ではフニクラが雲の層を破って、私たちを快晴の空に届けてくれた。その息を呑む絶景はまさしく圧巻!インドシナ半島の屋根と呼ばれるこの山頂の青空と、その麓に住むネイティブのモン族の刺繍や織物の鮮やかな色彩が、眼に焼き付いて忘れられない。
ファンシーパン山頂近くの絶景
モン族の刺繍が施されたクラフト
ベトナムは、2000年余りの歴史上、大国からの脅威と攻撃に何度も屈しながら、その度に立ち上がって抵抗し、巻き返して前進を続けてきた。紀元前2世紀ごろから何度も侵攻を繰り返し、ベトナムに対して圧力を加えてきた北の大国、中国の存在。1858年のダナン攻撃から1954年のジュネーブ協定締結まで続いた、約1世紀に渡るフランスによる植民地化。1941年から1945年までの日本とフランスによる2重統治。そして1950年代中盤から顕著になった南北ベトナムの対立と共産主義の拡大をきっかけにアメリカが本格的に介入し、1975年のサイゴン陥落まで続いたベトナム戦争。そういう厳しく過酷な歴史を通って来たにも関わらず、ベトナムで会う人々は、広い年齢層に渡って明るく親しみ易く、屈託が無い。無邪気と言えるほど朗らかで人懐っこい。朝の散歩に出かけると、公園でエキササイズやダンスをしている中年の女性グループが数多く見られ、見ず知らずの私たちに手を振って一緒に踊ろうと招き寄せてくれる。会話をした多くの人々からは、「過去の苦しみは、過去に置き去って、常に前を向き、将来に向かって明るく生きて行く。」という覚悟のようなものさえ感じた。
1975年の南北統一後、約10年に渡って共産主義の計画経済は苦戦をした。貧困、食糧不足などが深刻化した結果、政府は思い切ってピボットし、1986年に市場経済を取り入れた。元共産党員の人から聞いた話では、以前は学校でロシア語が必須だったのが、1986年を境に急に英語が必須になったという。「それまでロシア語を教えていた先生たちが、1年いなくなったと思ったら、その間に特訓を受けて英語の先生になって帰って来たのにはびっくりした。」と面白おかしく話してくれた。このドイモイ(刷新)と呼ばれる政策転換以来、ベトナムの経済は着々と成長し、この数年ではGDP 成長率で6%を上回って、東南アジア諸国の中でもトップに躍り出ている。今年の1月に再選されたトー・ラム書記長は、1986年以来の構造改革を進め、刷新2.0 として二桁成長路線を目指す経済政策を発表した。経済成長を支えるインフラへの投資と整備を土台に、個人所得の増大を目指して、上位中所得国家への仲間入りを目指しているとのこと。
Tet 前夜のハノイ市街地でライブ中継をするニュース・キャスター
ホーチミン市ではオペラハウスの近くに数日滞在したが、Tet (Lunar New Year) のお祝い準備に忙しい街は、伝統的アオダイを身に纏った若者で溢れていた。インスタにポストする写真撮影にあれこれ工夫をしてポーズを取る若者たちは瑞々しく可愛らしい。国民の平均年齢が32歳のこの国の、若いエネルギーを実感する。もちろん、リスクファクターを上げればキリがない。急ピッチで進む開発がもたらす環境への悪影響。経済成長のバックボーンになるインフラへの投資と整備は、早いテンポで進んでいるが、常に遅れ気味。恒常的に地政上のリスクを抱えているインドシナ半島(近隣国の不安定な政治情勢)。経済成長の一方で進行するインフレが脅かす個人消費の伸び悩みの恐れ。アメリカ政権の関税強硬策がもたらす不安。支援国、パートナーとしてのアメリカに対する信頼感の弱まり。周辺海域での中国の活動。そういう不安材料にも関わらず、この古くて若い発展国には不思議なほど期待感を持ってしまう。また、その厳しい過去の歴史を振り返るにつけ、何とか頑張ってほしいと応援したくなる。
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旅の5日目にベトナム最南端のリゾート地として知られるフーコック島を訪れた。フーコック島は人口12万人程度だが、観光客として訪れる人は、毎日1万人を上回るという。15年前までは空港も無く、目立った経済活動は真珠の養殖と食材のフィッシュ・オイルの生産くらいの、ひっそりとした島だったそうだ。今では、インターコンチネンタルなど、高級ホテルも進出し、来年この地で開催が予定されているAPEC に向けて空港周辺も、リゾートのある海岸地域も開発が急ピッチで進んでいる。建設用クレーンが何十台も並んで進めている開発は、小さい島の様相を急激に変えている。10年前2017年にダナンで開催されたAPEC がもたらした経済効果が多大だっただけに、2027年のフーコック島でのAPEC 開催にも多大な期待が寄せられているとのことだ。
急ピッチで進む空港周辺の開発の様子
この島訪問では、リゾートでゆったりした時間を過ごすことも楽しみだったが、私は予定されていた地元の小学校の見学を心待ちにしていた。海辺のリゾートから車で40分ほど内陸に進むと、リゾートの煌びやかさとは対照的な佇まいの小さなビレッジ着いた。クラスメートのKien Pham が数年前にベトナムに導入したKhan Academy のオンライン・プログラムを、フルに活用している教育の現場を見学することが予定されていた。観光バスが通れない砂利道の狭い道なので、自動車道から学校の正門まで5分くらい歩くことになった。正門に辿り着くやいなや、校庭に特設されたステージの前に集まっていた小学生200人ほどが、歓声を上げる。椅子から飛び出してピョンピョン跳ねながら思い切り手を振り、異国からの訪問者を歓待している。その姿は「共産国の公立小学校」という硬いイメージからは程遠く、自由闊達、元気一杯で伸び伸びとしていた。
校長先生のお話中も、子どもたちは、訪問者にニコニコと手を振ることに忙しい。スタンフォードの卒業生からの贈り物としてクラスメート代表がコンピューターのモニターを贈呈し、Kien Pham からは「頑張って勉強してスタンフォードに行きなさい。」というような激励のスピーチがあり、歓迎会の締めくくりは、子どもたちのダンスと歌のパフォーマンスという楽しいイベントだった。その後、4年生の教室でKhan Academy のプログラムを使って、子どもたちが自分のペースで学びを進めている様子を見学した。ベトナムの国の事情にあわせたローカライズは、Kien Pham が率いる地元のスタッフが担当している。特に力をいれている算数のプログラムでは、アメリカよりも、ベトナムの子供達の方がレベルの方が高いそうだ。ベトナムのIT インフラはかなり環境が良いらしく、またデジタル・デバイスも普及していて、子どもたちが、Khan Academy のプログラムを家でこなすのに、問題は無いとのこと。
小学生のダンス・パフォーマンス
ビジネス・スクールのクラスからモニターをプレゼント
シリコンバレーから、約8000マイルも離れた共産国の南の島にある小さな小学校で、シリコンバレー発のオンライン・プログラムが子どもたちの学びを助けるていることが嬉しかった。「がんばれ、ベトナムの子供達!」と心の中で応援しつつ、むしろ私自身がこの明るい子どもたちに元気付けられるような気がした。シリコンバレーからフーコック小学校の子供達に希望を託した贈り物に、この子達は、明るい将来を感じさせてくれる笑顔を一杯返してくれた。元気と希望を笑顔で包んで返してくれたベトナムの子供達に心から感謝。「いつか、カリフォルニアで会おうね!」とハイファイブを子供達と交わしながら帰路についた。
モニターの表示に気を使ってくれたのは、このクラスの先生