[連載中] ヒューマン・コネクション【24】
太平洋の風と共に走る ~ ランナーとコミュニティの絆
Bixby Bridge, Big Sur, California by Spencer Davis
“Boston is for the serious speed, but Big Sur is for the beauty.” 「僕が初めてマラソンを経験したのが、ホームタウン近くのBig Sur で、それ以来マラソンの虜になった。ボストンはスピードの真剣勝負だけれど、ビッグ・サーは美しさのために走る。」と、ライアンは語ってくれた。物静かなソフトウェア・エンジニアの彼は、マラソンが趣味だと言うが、Boston Marathon への参加資格を獲得できるほどの実力を持ったスピード・ランナーだ。彼とは、同じ和太鼓のグループに所属していて、この和太鼓グループがボランティアとしてランナーを応援をするBig Sur International Marathon の当日、ライアンと奥さんと共にカープールをして早朝3時半起きで現地に向かった。ライアンは、今回は走らず、私と同様、初めて和太鼓のボランティア奏者として参加。ライアンと奥さんも、私も、ポットラックの食べ物の準備やら、天候の変化に対処できるギアのパッキングやらで、前夜は4時間くらいしか寝ていなかったが、私たちにとっては、初めての公での演奏ということもあって、かなりワクワク気分。おかげで3人共あまり眠気も感じず、おしゃべりに花が咲いた。
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1980年代初頭、カリフォルニア州Carmelに近い、Rio RoadとHighway 1の交差点に、一枚のシンプルな道路標識が立っていた。通称Cabrillo Highway, California Highway 1, の標識を見上げたBill Burleigh(ビル・バーレイ)は、「この美しい海岸線を、走って駆け抜けたい」と思ったという。彼のその直感的で純粋な願望が、やがて世界中のランナーを魅了するレースへと育って行くことを、本人は想像もしなかっただろう。(Burleigh 氏は、2023年に89歳で逝去。)1986年、第1回Big Sur International Marathon、以下BSIM)が開催された。舞台は、アメリカ最初の指定景観道路に認定されたHighway 1。太平洋の断崖に張り付くように走るこの道路は、世界でも有数の絶景地帯として知られる。Burleigh氏が切り開いたその最初の一歩から、BSIMは着実に歴史を重ね、今年で39回を数える。現在、大会は非営利法人ビッグサー・マラソン財団によって運営されており、そのミッションは「チャリティ活動と健康的なライフスタイルへの情熱を通じて、コミュニティを豊かにし、力付けること」と明確に定められている。誕生から40年近くが経った今も、この大会の精神は創設時から変わっていない。走ることが、そして走る人々を応援することが、訪れる人々、地域の人々をつなぐ力になるという確信だ。
BSIMは毎年4月の最終日曜日に開催され、この小さな海岸地帯に世界中からランナーが集う。2025年の第38回大会では、41カ国から9,000人以上の参加者が訪れた。マラソン(26.2マイル)の他に、21マイル、11マイル、12K、5K、マラソンリレーなど6つのカテゴリーが設けられており、初心者からベテランまで幅広い層が楽しめるようになっている。参加者の90%近くが地元以外からの来訪者であることも、この大会の特徴を物語っている。参加者はランナーとして走るだけでなく、家族や友人とともにMontereyやCarmel周辺に宿泊し、地元の飲食店や観光施設を利用していく。BSIMは、単なるスポーツイベントを超え、地域全体を潤す経済効果をもたらす祭典でもある。レースは多くの人の「バケットリスト(一生に一度はやりたいことのリスト)」の定番となっており、著名なランニングジャーナリスト、Bart Yassoは「生涯に一度は走るべきマラソン」と太鼓判を押した。毎年完売となる人気ぶりは、その評価の高さを如実に示している。
BSIMの魅力の核心は、コースそのものだとランナーたちは語る。Big Sur Stationをスタートし、Carmelのクロスロード・ショッピングセンターをゴールとする、このポイント・ツー・ポイントのコースは、「世界最大の地方マラソン(the largest rural marathon in the world)」とも呼ばれ、USATF(全米陸上競技連盟)公認のボストン・マラソンの予選レースでもある。コースの前半は比較的なだらかで、レッドウッドの森や牧場、太平洋の絶景が次々と現れる。しかし11マイル(約18km)付近からコースは一変する。Hurricane Pointと呼ばれる標高560フィート(約170m)の峰に向かって、長くて苦しい急な坂が続くのだ。強風が吹き付けることで知られるこの頂上を越えるには、脚力だけでなく、精神的な強さが求められる。私たちの和太鼓グループは、この一番辛いHurricane Point 直前の崖っぷちに演奏の場所を設けて、力強いビートで長い坂を登るランナーたちを励まし応援する。
そしてコースのクライマックスは、マイル13地点(約21km地点)に待ち受けるBixby Creek Bridgeだ。深い渓谷に優美なアーチを描くこのコンクリートの橋は、Highway 1の象徴的な存在。そのたもとには毎年、タキシード姿のピアノ演奏者が陣取り、ヤマハのグランドピアノを奏でる。パシフィック・グローブ出身の若き才能、Michael Martinezが奏でる音楽は、苦しさの絶頂にいるランナーたちの心に深く刻まれ、多くの人が「あの瞬間のために走った」と語る。
その他にもサンバ・ダンサーたちのエネルギッシュなパフォーマンス、朗らかなベリー・ダンサーによる舞踊の披露など、コースには随所にアート溢れる「驚き」が仕掛けられている。主催者は、ヘッドフォンの使用を禁止している。それは、波の音、演奏、仲間のランナーの息づかい—この空間を構成する全ての「音」を、五感で受け取ってほしいという願いからだ。登りと下りを合計すると、累積獲得標高は約2,182フィート(665m)、累積下降は約2,528フィート(770m)にもなる。決して易しいコースではない。だからこそ、ゴールした時の達成感は格別だそうだ。「Hurricane Point Survivor」のTシャツは、完走者だけに許された勲章として、毎年売り切れる。
BSIMが40年近くに渡って愛され続けてきた理由のひとつは、地域との深い絆にある。大会を支えるビッグサー・マラソン財団は、1986年の創設以来、モントレー郡内の学校、非営利団体、公共安全機関、環境保護団体などへの助成金として、累計670万ドル(約11億円)以上を地域に還元してきた。毎年30万ドル以上が地元に投じられる計算になる。助成を受けているのは、ボーイスカウト、ガールスカウト、青少年・芸術団体、医療・保健機関、ボランティア消防団、学校の教育プログラムなど多岐にわたる。「このマラソンは地域の健康と福祉に多大な貢献をしている」と、元レース委員長のWayne Richey氏は語る。大会収入のかなりの部分が地元に還流する仕組みは、BSIMを商業的な「お金を稼ぐイベント」ではなく、地域が誇る公共的イベントに昇華させている。ビッグサー・マラソン財団は、2004年には、子どもの肥満や関連疾患の問題に取り組むため「JUST RUN®」という無料の学校向け健康・フィットネス促進プログラムを開設した。幼稚園から高校までを対象とした、このプログラムは、次世代の健康な体と精神を育てる取り組みとして高く評価されている。さらに、地元の各種非営利団体との子供向け共同サマー・キャンプ、モントレー郡少年院でのハーフマラソン支援など、年間を通じた地域貢献活動を実施している。
BSIMがもたらす美しいものの一つに、地元ボランティアたちの情熱と熱意がある。毎年、約80〜100のモントレー郡内非営利団体から集まった約2,500名のボランティアが、40以上の担当エリアで大会を支える。(私の属する和太鼓グループもその一つ。)スタートからゴールまで、給水所での手渡し、コース誘導、医療サポート、写真撮影、応援の声かけ、音楽の演奏など、ボランティア無しにこの大会は成立しない。2026年の第39回大会でも、2,000名を超えるボランティアたちが雨天の中を走るランナーたちを支え続けた。給水所での「巨大なイチゴ」の差し出しが心に染みたというランナーの声は、SNSや口コミで毎年語り継がれるエピソードだ。ランナーたちは、ボランティアの応援に心から感謝し、こう語る。「あのいちごの甘さと、そこにあった笑顔に、思わず泣きそうになりました」。「和太鼓のビートで、もの凄く苦しかった坂を登る力が出ました。」「Bixby Bridgeのピアノが聞こえた瞬間、全ての苦しさが消えました。」「ボランティアの笑顔がゴールまで連れて行ってくれました。」 財団は、ボランティア団体に対して毎年助成金を提供している。つまりボランティアたちは、単なる「無償の労働力」ではなく、大会を通じて財政的支援も受けながら地域を盛り上げるために動く大切な「パートナー」になっている。
このマラソンのコースはかなり過酷だ。天候は正確にはなかなか読めない。雨と風に会うことも珍しくない。それでも毎年多くのランナーが戻ってくる。その理由は、タイムや順位の先にある何かを、ここで感じるからかも知れない。太平洋の風を受け、断崖の縁を走り、音楽に耳を澄ませ、見知らぬ誰かに応援される。そういう体験が、走ることを通じて、地域を後押しすることの意義を感じさせてくれるのだろう。ビル・バーレイが道路標識を見上げたあの時から約40年。BSIMは今も、世界の「最も美しいマラソン」として、走ることの喜びと、地域への想いを、ランナーの足跡とともに刻み続けている。(つづく)