[New] 揺れる世界とカリフォルニア・ポピー

概ね当たり前のようにお天気が良く、季節感が乏しいとも言われるカリフォルニアだが、5月は年間でも最も心地良い月かも知れない。気まぐれなApril Showers が予期しない時に訪れることもある前月と比べると、気温も高過ぎず低過ぎず、雨に降られることを危惧することも無く、屋外での活動の予定が立てやすい今日この頃。そんなこともあり、シリコンバレーの中心から車で30分ほどの太平洋を臨むMori Point に出かけた。Golden Gate National Park の一部として人気があり、気軽にハイキングが楽しめる。特にこの時期には、道沿いに様々なワイルド・フラワーを見つけながら歩くのが嬉しい。1700年代にはスペイン領だった(*)この地では、当時石灰石の採掘が盛んで、サンフランシスコのプレシディオやミッションでの建築に使われたことがよく知られている。その後、メキシコの統治下になり、更に、American-Mexican War (1846-1848) を経て、アメリカの領地になったという歴史を持つことから、このあたりの地名や建築にはその時々の歴史の跡を残したものが少なくない。

(*)スペインが植民地化する以前は、自然、土地、文化とコミュニティーを尊重した誇り高きネイティブ・アメリカン、Ohlon 族が、サンフランシスコ湾から南のモンタレー湾に至る海岸沿いの地域に住んでいた。

Mori Point, May 2025

1848年にAmerican-Mexican War の結果として結ばれたGuadalupe Hidalgo条約で、カリフォルニア、ネバダ、ニュー・メキシコ、ユタやアリゾナの一部がアメリカの統治下になった。メキシコは、これにより領土の55%を失い、アメリカにとっては史上3番目に大きな領土拡大(*)に繋がる歴史上の一大事だ。こうして歴史を振り返ると、カリフォルニアがメキシコの一部だったのは、結構最近のことだと感じる。そして、一方でアメリカとメキシコの間に隣接国同志としての親しい関係や経済的な相互依存関係があるにも関わらず、他方では移民問題、不法労働問題、ドラッグ問題で常に緊張感があることには複雑な想いがする。普通の庶民のレベルでは、友好関係と親しい交流が定着しているのに、犯罪グループが暗躍していることもあって、国のレベルでは、難題が山積している。昨今は、移民問題、ドラッグ問題に加えて関税問題まで上乗せされ、緊張度が更に高まってしまった。ドラッグの流れを止めるには、関税が解決策の一つと信じる米国政府の「アメリカ国民のため」という強硬な政策で、庶民の中には平穏な生活を引き裂く不安要因と感じる人も出てきている。

(*)追加された領土面積では、アメリカ史上、1803年のLouisiana Purchase、1867年のAlaska Purchase に続く3番目にランキングする。


1848年は、ヨーロッパも大きく揺れていた。ナポレオン没落後に力を巻き返した反動的保守派に反対する学生や民衆が1830年代からあちこちで立ち上がり、1848年のフランスの二月革命、ウィーンとベルリンの三月革命へと繋がって行く。イタリア、ハンガリーなどでも大掛かりな革命的運動が起こった。18世紀後半にイギリスで始まった産業革命が19世紀初めにはヨーロッパにも拡大したことが背景にあって、労働者、一般の人々の勢力が高まったことが影響していただろう。結果としては、ウィーン体制(*)が終わり、自由と国民の自立を目指すナショナリズムへと移行して行った。

(*)ウィーン体制は、フランス革命とナポレオンによって生み出された自由と平等、国民の統一という革命理念を否定し、革命以前の絶対王政の支配権を復活させるための反動体制。1814-1815年のウィーン会議で確立された。(参考:https://www.britannica.com/event/Congress-of-Vienna


日本でも、1840年代の後半には、江戸幕府が海外からのプレッシャーを感じるようになり、1853年のペリー提督の来航と翌年の日米和親条約の締結で、長年の鎖国が終局を迎えた。アメリカでは、American-Mexican War の終結とほぼ同時に、カリフォルニアに金鉱が見つかって、1849年のゴールドラッシュに繋がったことはよく知られている。地元のフットボールチーム49ers は、1849年のゴールドラッシュに駆けつけたおよそ10万人の人々がThe Forty Ninersと呼ばれたことにちなんで命名されたことは、ご存知の方も多いだろう。それから170年余りの間にカリフォルニア経済がここまで成長し、州の経済規模が世界主要国のGDP との比較で、世界のトップランキング入りしたことは話題を呼んだ。ゴールドラッシュから170年余りでここまで成長したカリフォルニアと、ペリー提督来航から、170年余りでここまで成長した日本がGDP で4位と5位についている(2024年時点、ドル換算)。偶然かも知れないが、太平洋を挟むカリフォルニアと日本で、ほぼ同じ時期に歴史を揺さぶる大きな出来事があり、それが飛躍的な経済成長のイグニションになったという共通点は面白い。

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Mori Point という名前は、1888年にこの地に農地を買ったイタリア系の移民、Stephano Mori に由来している。Mori 家は、農業に加えてゲストハウスやレストランも経営するようになるが、アメリカの禁酒時代(1920年から1933年)に違法だったアルコール飲料の販売を行って、逮捕者を出すなどの問題を起こし、最終的には1960年代に経営が破綻した。その後、しばらく土地も施設も放棄されて荒廃化したが、幸いにも、環境保護団体や地元の住民グループが協力して市民のための場として、Golden Gate National Park の一部に組み込まれるようになった。

   

“April showers bring May flowers. “ と言われるように、今年も4月の雨がMori Point にもカリフォルニアのワイルド・フラワーを期待通りに咲かせてくれた。冬の間の雨量がそれほど多く無かったので、カリフォルニア各地で超人気のSuper Bloom のようにはならなかったが、青空と太平洋を背景にしたワイルド・フラワーの色彩は自然の生命力を感じさせてくれる。中でも、毎年楽しみにしているのは、1903年にカリフォルニア州の花として指定されたカリフォルニア・ポピーの開花。細い茎と繊細な葉に比べて、オレンジ色に近い濃い目の黄色い花弁は、眩しいほど鮮やかで、紺碧の空と強めの太陽光に負けていない。Mori Point は、太平洋からの強風が直接吹きつけ、霧に包まれることもあれば、逆に太陽が照りつけて、乾燥が続くこともある。それでも、岩壁や崖っぷちに生存の場を見つけ、元気に育つカリフォルニア・ポピーには、カリフォルニア人の明るく、飾り気なく、打たれ強く、カラッと前向きな気質が現れている気がする。

そんな逞しいポピーを眺めていたら、ふと宮沢賢治の「雨にも負けず、風にも負けず。。。」という詩が頭に浮かんできた。確か、小学校か中学校の国語の教科書に載っていたと思うが、好きな詩では無かった。「じっと我慢しなさい。文句を言わず耐えづつけなさい。」と言われているようで、子供心に何となく嫌だと思ってしまった。ここに現れる生き方は欲もない代わりに夢もない、何だか退屈そうだという印象を持ったと記憶している。それ以来何十年も、宮沢賢治のことを思い出したことは全く無かったが、今、この詩全部を読み返してみると、意外にも納得してしまう。「『雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち、欲はなく、決して怒らず。。。』世の中の出来事に一喜一憂せず、着実に人のためになることを、コツコツと実行していきなさい。」というメッセージと受け取れ、毎日のニュースに影響を受けて落胆したり、憤慨したりしがちな自分にとっては肝に銘じるべきだと思う。1848年当時の歴史の例にもあるように、世界は時に大きく揺れる。2025年の世界は、確実に揺れている。歴史の教科書に後日載るようなターニングポイントを、実際に経験しつつあることへの戸惑いと不安は否定できないが、この大きなうねりを自分事として受け止めながらも、雨にも風にも負けず、逞しく、そして着実に前向きな生き方ができればと思う。Ohlon 族からスペイン領、メキシコ領、アメリカ領と征服と敗北を繰り返す人間の歴史に少なからず影響を受けつつも、毎年青空に向かって元気一杯に花弁を開く、カリフォルニア・ポピーのように。

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組織の文化は細部に宿る