[連載中] 新しい価値を創り出す人財【23】

23. アメリカで生まれる「学びの革命」― 新しい教育モデルの模索(その2)

前回(第22回)では、アメリカで「学びとは何か」を根本から問い直し、従来の教育のアプローチとは違う革新的なカリキュラムを導入して実際に成果を上げている取り組みとして、The Levit Lab, Khan World Schoolの2つの例について語ったが、今回は、3つ目の事例、サンディエゴのHigh Tech High (HTH)を紹介する。HTH は「新しい学びの場」として25年以上の実績を出しており、Progressive Education (*)のアプローチを取り入れて成功している例として知られている。

(*)Progressive Education については、新しい価値を創り出す人財【21】 将来の人財を育てる教育とは?(2)を参照。


High Tech High(サンディエゴ、カリフォルニア州)——プロジェクト型学習の先駆者

2000年にLarry Rosenstock (ラリー・ローゼンストック)によって設立されたこの学校は、「プロジェクト型学習(Project-Based Learning, PBL)」の実践モデルとして、国内外の教育者が視察に訪れる存在となった。2025年に開設25周年を迎えたHTH は、その四半世紀を記念し、創立者Rosenstock 氏への感謝を表して、教師や生徒の声を集めたビデオを公開した。そこからは、Rosenstock 氏のビジョンとプロジェクト型学習に対する確信が、新しいタイプの学校として具現化し、成果を上げてきたことが感じられ、生徒たちの晴れやかな笑顔が印象的だ。

1.設立の背景

1990年代半ば、サンディエゴはハイテク・バイオテク産業の急成長の一方で、深刻なIT人材不足に直面していた。地元企業は大学卒業者の技術スキルの低さや、STEMへの女性・マイノリティの参加率の低さを問題視。また、サンディエゴのみならず、アメリカでは全国的にも従来型の詰め込み教育が実社会での問題解決能力を育てていないとの批判が高まっていた。こうした産業界の危機感が、新たな学校のモデルとそれを支える指導方法を生み出す原動力になった。すなわち、「学びとは何か」を根本的に見つめ直し、単なる大学に合格するための高校教育から離れて、将来社会に貢献する人財を育み、問題解決能力を持った人財を育て、何よりも生徒たちが生き生きと学ぶ場を作る、そして学びは楽しいことで、一生続けて行くものであるという考え方を根付かせるという構想が、産業界、教育界、一般市民が協力することで可能になったわけである。


2.設立の経緯

【1996〜1998年:構想期】

サンディエゴ経済開発公社(Economic Development Corporation)とビジネス・ラウンドテーブルの呼びかけにより、地域の産業界・市民リーダー約40名が定期的に集会を開始した。サンディエゴを本拠地とするQualcomm社で、教育プログラムディレクターを務めていたGary Jacobs氏の主導のもと、このグループは、世界各地の教育モデルを調査・研究した。2年間の調査・研究と議論を経て、1998年末に「チャータースクール」方式による自律的な公立学校の設立が決議された。

【1998〜2000年:Rosenstock氏の参画】

マサチューセッツ州ケンブリッジからサンディエゴに移住し、プライス慈善基金(Price Charitable Fund)の会長として活動していた教育者Larry Rosenstockが、この新しい学校のガバナンス構造について学校開設準備を進めていたグループに助言する立場で招かれた。翌日、Rosenstock氏自ら、初代校長への就任を申し出たことが転機となり、構想の実現可能性が飛躍的に高まり、準備が急ピッチで進むことになる。大工と弁護士という異色の経歴を持つ彼が唱える「頭と手の統合(Integration of Head and Hand)」、Learning by Doing (実際に実行することによる学び)など、Progressive Education の教育哲学が、HTHの礎となった。

【2000年:開校】

サンディエゴ統一学区がチャーター認可を承認。ポイント・ローマ地区の旧米海軍訓練施設(現リバティー・ステーション)に校舎が設けられ、2000年9月に高校の9・10年生200名でスタートし。2003年には第1期生50名が卒業した。


3.地元の主な支援者

■ Gary and Jerri-Ann Jacobs(ギャリー&ジェリ・アン ジェイコブズ)夫妻

Qualcommの教育プログラムディレクターを務めたギャリー・ジェイコブスが、産業界を代表して設立構想をリード。ジェイコブズ夫妻で300万ドルを拠出し、ポイント・ローマのキャンパス建設を支援することになった。最初の校舎はその功績を称えて「ギャリー&ジェリー=アン・ジェイコブス・ハイテクハイ」と命名された。ギャリー・ジェイコブズ氏は長年HTH理事会会長を務めた。

■ Larry Rosenstock(共同創設者・初代CEO)

プロジェクト型学習(PBL)の先駆者として、HTHの教育モデルを設計・実践。2002年にはアショカ・フェロー、2010年にはハロルド・マクグロー教育賞を受賞。2000〜2024年にCEOを務め全国モデル校へと発展させた。

■ サンディエゴ経済開発公社・ビジネス・ラウンドテーブル

地域の産業界・教育界リーダー約40名を招集し、2年間にわたる議論の場を組織。学校設立の制度的・知的基盤を提供した。

■ Bill & Melinda Gates Foundation (ビル&メリンダ・ゲイツ財団)

2000年の開校に際してシード資金を提供。その後もHTHネットワーク拡充に向けて数百万ドル規模の補助金を供与し、革新的な高校モデルの全国展開を後押しした。

4.現在の姿

HTHは現在、サンディエゴ郡内4キャンパスに16校のチャータースクール(K〜12年生)を擁し、約6,350名が在籍。独自の教員資格プログラムや大学院(Graduate School of Education)も設置し、国内外の教育者へのPBL普及拠点となっている。設立25周年(2025年)を迎えた同校は、「公的教育のイノベーション」の象徴として世界的な評価を確立している。

5.HTH の革新的アプローチの特徴

HTHには教科書が無い。テストも最小限だ。代わりに、生徒たちは長期にわたるプロジェクトに取り組み、その成果を公開発表する。例えば、ある学年の生徒たちはアメリカ史と英語の授業を統合し、研究テーマを選び、それを戯曲として書き、クラス全体でその中から3本を選んで実際に上演した。「テキストを読んでテストを受ける」のではなく、「学んだことを使って何か新しいものを創造し、社会に届ける」というプロセスが学びの核心に置かれている。

このカリキュラムを実施するにあたり、教師の役割、指導内容、指導方法も変わっている。HTHでは、毎週一度、授業前に教師が全員集まり、共同でプロジェクトの設計や評価基準を話し合う。教師の立場は、「教える側」から「伴走する側」、「コーチングする側」にシフトしており、学校の制度として組み込まれている。

高校3年生は必ずインターンシップを経験し、4年生はシニア・プロジェクトに取り組む。生徒の作品はキャンパス全体に展示され、常に「外部に公開される」という緊張感が品質を高める。また、公表することで、従来の1人の教師による採点から、より多くの人からフィードバックを受けることが可能になる。生徒にとっては、良い励みになり、学校全体や訪問者、家族などからの多様な意見に接する機会ができる。あるHTHの教師は「作っているのは生徒自身。教師がやることは、支援し、可能にし、促し、励ますことだ。」と語っている。

もちろん課題もある。数学の基礎学力の定着が弱くなる傾向や、大学進学後に「大講義室での受動的学習」に適応しにくいという指摘もある。ただ、大学進学実績は着実で、卒業生の大多数が4年制大学に合格している。そして何より、「学校が好きだ」「自分のことを学び手として誇りに思う」という感覚を持って巣立つ生徒が多いという事実は重視すべきだろう。

(つづく)

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