[連載中] 新しい価値を創り出す人財【26】

26. アメリカで生まれる「学びの革命」― 新しい教育モデルの模索(その5)

先月22日、「“Learning by Building” (*1)をミッションとするThe Horowitz Andreessen Academy (HAA)をサンフランシスコで開校する。」という発表が、Andreessen Horowitz によってされた。世界のVC 界でトップを行く、Andreessen Horowitz (a16z)が始める学校(?)ということで、何かと話題になり、注目を集めることになった。”Academy “という名前はついているが、その中身は従来の学校とはかなり違う様子。現状では、高校卒業生を対象とした1年のプログラムで、学位は取れない。しかし、現状の高等教育が抱える問題を解決し、AI の台頭が大きく影響を与え始めている教育を時代にあったものにしようとする、一つの新しい試みであることは確かだ。詳細は、Webサイトなどから知ることができるが、今回は、HAA 設立の経緯や目的、プログラム(カリキュラム)の特徴、現状について簡単に説明し、このプログラムに対する印象をまとめる。

(*1)新しい価値を創り出す人財シリーズ(第21回)で紹介したProgressive Education のアプローチは、“Learning by Doing” で、教科書の知識の習得では無く、ハンズオンで実際に物事に取り組むこと、物事に取り組みながら、失敗を学びの必然的な過程として取り入れ、そこからの学びを大切にしていくこと、失敗を恐れずに、物事に取り組むこと、クラスメートとの協働を重視することなどが、その特徴になっている。HAA がミッションとする “Learning by Building” は、このProgressive Education を更に発展させ、単なる “Doing” では無く、”Building(創ること)” をミッションとしているところが興味深い。


まずは、HAA の概要を下記の表にまとめる。

設立の理由

HAA 設立理由について、Ben Horowitz 氏は、AI革命は産業革命が農業社会を変えたのと同じ規模で仕事を変えるので、産業革命時代の教育方式はそのまま通用せず、新しい教育方法を切り開く必要があると説明している。発表文の中心にあるのは、インターネットで「無限の知識を得る」ことができるようになり、AIで「何でもできる」時代に入ったという認識で、それが教育の意味を変え、新しい機関が必要になるという主張である。また、HAAは、大学で学位を取ってからテック業界に入る道(大半の学生が取る道)とも、大学を中退して起業する道(Steve Jobs, Bill Gates, Mark Zuckerbergなどの選んだ道)とも違う、第3の道として位置づけられている。


HAA のボードメンバーであるErik Torenberg氏は、大学に行かない優秀な学生は将来の協力者になる密接な仲間のグループに入る機会が殆ど無いことを指摘しており、対面の方法を取るHAA がそのような機会を与えられることを期待しているそうだ。また、同氏は、VCの本質は人材を見つけて育てることなので、卒業生の起業をバックアップし、将来投資することも十分ありうると考えているとのこと。この事業への最大出資者であるa16zは、HAAの卒業生が投資先企業に就職することにも期待しており、HAA への協力企業(*2)は、学生のトレーニングの場としての位置付けになっている。一方でHAA のCEO であるGagan Biyani氏は、大半の学生にとっては大学が依然として正しい道だとも述べ、大学を否定する立場はとっていない。Biyani 氏は、高等教育は2兆ドル規模の産業であり、より未来志向の教育には大きな市場機会があると語っている。ちなみに、HAA は、営利目的の企業として創業されており、大半の教育機関が非営利団体の形式をとっているのとは、大きな違いがある。

(*2)HAA への協力企業には、創設パートナーと採用パートナーの2種類があり、前者にはAnduril、Anthropic、Coinbase、Google、Meta、Nvidia、OpenAI、Palantir、Replit、Stripeなどが名を連ねている。これらの企業は、ソフトウェアの提供、カリキュラムへの助言、オフィスでの授業などを担う。関与の度合いは各社で異なり、全社が採用を約束しているわけではない。後者には、Databricks、Boom Supersonicなど約50社が含まれるが、採用の約束はない。面接や検討は確約しているとのこと。


プログラム(カリキュラム)の特徴:カリキュラムの3本柱

1)Pursuits(自主プロジェクト)が教育の中心

  • 学生は、自分で選んだプロジェクト、起業アイデア、深掘り研究に、複数並行で取り組む。Biyani氏は「Pursuitsがアカデミーにおける教育の中核」としている。時間の75〜80%がここに充てられる。

  • 学校の役割は課題を出すことではなく、野心的な目標とオーナーシップを持たせることとしている。海外渡航のような活動に資金を出すこともあり、たとえば3週間の海外滞在では、現地で会うべき人を学校が紹介する。

  • Biyani氏は、このモデルは普通の大学より、オックスフォードのチュートリアル制に近いと説明している。


2)Courses(実務家による短期集中講義)

  • 1コースは2日から4週間の短期集中型。教えるのは創業者や経営者などの実務家。

  • 講座の例:「AI Inference Engineering」「The Modern Software Developer」「The Craft of Selling」「Origins and Innovations in Digital Computing 1940–2025」「Frontier Systems」。

  • 課題には、AI無しでは解けない問題や、まだAIが解けない問題を選ぶとしている。

  • 技術だけでなく、交渉、対人関係、セールス、ストーリーテリングなどの対人スキルを重視しており、Biyani氏は「恋愛の見つけ方」まで扱うとのこと。


3)Co-ops(在学中の就業)

  • 夏だけでなく学年の途中にも、パートナー企業で実務に就く。年間の流れは、9月から4月がキャンパス、5月が海外、6月から8月がコープ。

  • 複数の企業を回ることも、一社に留まることもできる。


現在の状況

発表から約1ヶ月経った現在の状況は下記の通り。

1)一期生(Founding Class Fellowship)

  • 現在一期生を募集中で、開講は2027年秋(9月)。

  • 定員は約50名。高校卒業予定者が優先される。現役大学生や海外からの応募も受け付ける。

  • 授業料は無料。各学生に5万ドル分の計算資源クレジットと5,000ドルの旅費・研究予算が支給される。

  • 株式、所得シェア、優先交渉権は一切要求しない。住居は自分で手配する必要があるが、学校側が住居探しやルームメイトのマッチングを支援する。

2)プログラム構成

  • 年間構成:9月〜4月はSFのキャンパス、5月は海外渡航、6月〜8月はパートナー企業でのコープ(就業体験)。

  • 時間の75〜80%は学生自身のPursuit プロジェクト(研究・学習・開発)に充てる。

  • 講義はデジタル・テクノロジーの歴史、プロダクト・デザイン、AIアーキテクチャ、営業、交渉、対人スキルなどを含み、試験や成績はない。

  • 選考は「何を作り、出荷し、稼いだか」という実績(proof of work)を重視する。ただし成績証明書やテストスコアも提出が必要。

3)今後の計画と現時点の状況

  • 2028年から、規制当局の承認を前提に有料の2年制プログラムを開始する計画。学費は年6万〜9万ドル程度で、名門私大並みになる見込み。

  • 現在の時点で、応募者数などの情報は無い。


さて、読者の皆さんはどのような印象を持たれただろうか?このAcademy のWebサイトを読むと、ウェブの文章は一流のライターが書いているのだろうと推測できる内容で、余り非の付けどころが無い。しかし、このプログラムについてよく考えてみると、かなり無理があり、課題が山積していると考えている。また、大学教育との比較で、それほどアドバンテージがあるとは思えない。


私が課題だと感じる点は、下記の通り。

1)営利目的の事業形態を採用していて、2年のプログラムを本格的に開始する時点で、年間6万ドルから9万ドルの「学費」を予定している点。私学の大学並みで、大学が備えている研究設備や幅広い卒業生のネットワーク、その他の活動のアベイラビリティと比較すると、アドバンテージがあまり無い。

2)1年間のプログラムで、対人スキルの習得まで含めるのには無理がある。対人スキルの習得は、時間が掛かり、様々な人生経験が重要な要素。短時間で習得できるものでは無い。

3)50人程度の超エリートを対照とすることで、学費も高いので、かなり裕福な家庭の子供のみが対照になる可能性がある。事業としても年間$3,000,000 程度の小さな事業で、a16z へのリターンは小さい。卒業生が起業することによるリターンを目指しているとしても、確率的には、通常のインキュベーターとそれほど変わらない可能性もある。

4)各学生に支給される$5,000程度の旅費、研究費では、海外での体験や研究の範囲が限られる。この程度の研究費では、バイオ、ロボティックス、宇宙などの分野の研究等は不可能で、そのような研究用の設備、ラボ、機器を持っている大学に行く方がメリットがある。


5)大学教育に対する認識が、一時代前のもののような気がする。最近では、大学でも「実際にものを創る」、「事業のアイデアをインキュベートする」ようなカリキュラムを取り入れているところが多く、卒業生のメンターが協力しているし、就職活動もインターンから最終就職まで、大学のネットワークが強力な味方になっている。


このプログラムを推進している3人の当事者の生の声を聞いてみたかったので、彼らの対談のビデオを見たが、正直なところあまり深みや新鮮さが無く、また、長期的なビジョンに欠けている気がした。私の勝手な偏った見方である可能性は十分あるが、ビリオネアが集まってインキュベーター的な「面白い」プログラムを実施しようとしているような感じで、本当に教育改革を目指しているのか疑問に感じてしまった。新しい価値を創り出す人財シリーズの22回目で紹介したThe Levitt Labや23回目で紹介したHTH には、入念に検討されたカリキュラムが存在しているが、HAA は世界的大物スピーカー登壇などの話題性の方が重視されているような印象を受けた。このプログラムを、よりインパクトと目的を明らかで、スケールできるものにするには、非営利団体の活動にして、高校のアフタースクール・プログラムとして広く提供した方が良いと思う。

(つづく)

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